普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

〜世界最強の暗殺者になって、私から全てを奪った者達に復讐しようと思います〜
水篠ナズナ
水篠ナズナ

夢だと思ったら現実だった

公開日時: 2020年12月28日(月) 22:36
文字数:2,262

「はっ!?」


 気がつけば私はベッドの上にいた。

 

 先輩が隣でスヤスヤと寝ている。

 その肌着は少しはだけていた。


(先輩とキスをした夢を見た気がする)


 自分の唇に触れてみる。少し柔らかいだけのなんの変哲もない唇だ。

 でもなんだが視線は先輩の唇に引き寄せられてしまう。


「え、まさか本当にしたとかじゃないよね?」


 昨夜の記憶が全くなかった。覚えているのは昨日遅くまで先輩と騒いでいた記憶だけである。

 それ以降の記憶は全くない。


「うーん、どうしたのー?」


 先輩が寝ぼけまなこを擦りながら、のそのそと起き上がる。


 勇気を出して聞いてみるしかない。


「アルマ……あの、昨日の事なんだけどね」


「昨日? ああ、キスの事?」


 キスの事を知ってた。


 先輩も同じ夢を見ただけ、うん、ただの偶然の……はず。


 でも一応。


「えっと……しちゃった感じ?」


「しちゃった感じだよ」


 ……どうやら昨日の私はしっかりやらかしていたようだ。

 

 何故だか記憶は消されているけど。


 たぶんキスを終えて正常に戻った私の精神が耐えられなかったのだろう。

 困惑する私に先輩が肩をぴとっとくっつけてきた。


「ねえねえ、朝のちゅうは?」


 私に顔を近づけた先輩は少し頬を赤らめながら目を閉じると「んっ」と言って、私からの口づけを待ち始めた。


 可愛い。


(……するとは言ってないんだけど)


 でももしかしたら、もしかすると私に記憶がないだけで、朝の接吻をすると約束してしまったのかもしれない。


 とは言ったものの、一夜の過ちで犯してしまった事を普段の生活、それも寝起きで出来るわけがなかった。



「んっ」



 もう一度先輩が声を上げた。

 悩む私に早くしろとせがんでいる。


「仕方ない、じゃあこれで勘弁して」


 ちゅっ。


 静かな寝室に私のリップ音が響き渡った。


「はい、これで満足?」


 先輩は不服そうに頬を膨らませる。


「むー!! 全然満足じゃないよ! なんで唇じゃなくておでこなのさ」


 それは私が恥ずかしいからに決まってるでしょう! とはそれを言うこと自体、私が意識しているみたいで恥ずかしくて言えなかった。


「アルマは早く着替えて。今日はジークと会う約束をしてるでしょ」


「ねー、僕の話聞いてよー!」


「私は朝ごはん作るから」


「もう分かったよ!」

 やっと起きて着替えを始めた。


 先輩を適当にあしらいつつ、1階に降りて椅子にかけてあったエプロンをする。

 先輩の髪を想起させる栗色の斑点模様がついているエプロンだ。私のお気に入りでもある。


「おっ!」


 今日の卵には一つの殻に黄身が二つも入っていた。

 これは良い事がありそうだ。


「いい匂いー」


 着替えを終えた先輩が匂いにつられてやってきた。

 そしてお行儀良く椅子に座る。


「もう少しで出来ますからねー」


「あーい」


 二人で過ごす朝の時間は心地良かった。


◇◇◇


 朝食を済ませた私たちは、ジークの元へと訪れた。


「ジーク来たよ!」


「おはようございます」


 表向きは営業コンサルタントをやっているジークの事務所の中に入ると、部屋の中央のあるソファーでジークは寝ていた。


「んぁ? もうこんな時間か」


 ジークは、立てかけてあった時計で時間を確認して、一つ大きな欠伸をする。


 目の下はひどい隈になっていた。床や机、部屋のあちこちに赤い印のついた資料や、作りかけの魔道具が散乱していた。


「まあ、適当に座ってくれ」


「どこに座れと」


 思わず素が出てしまった。別に平気か、今私たちしかいないし。

 ジークも私の素を知っているしね。


「汚いなー。ちゃんと掃除しなよー」


「「それお前がいう?」」


 見事に私とジークの声が呼応した。


「ふぇ!?」


 いつも部屋の……家の片付けをしているのを一体誰だと思っているんだか。

 妖精や神様が掃除してくれてるわけじゃないんだぞ。


 私が毎日一人でやってるんだから!



「とりあえず物を一旦整理しましょう。これじゃどこに何があるのか全然分かりません」


 私の提案に先輩がうんうんと頷く。


「掃除って大事だよねー」


 この人何言ってるんだろう? 掃除が大事? それが家事を全て私に任せている人が言うこと?


「ぶち怒りますよ?」

「ごめんなさい」


 掃除に抵抗がないなら、普段からやって欲しい。本当に。

 私たちの会話に、ジークがそーっと手を上げる。


「なんですか?」


「いやー、片付けなくても俺はわかるんだが……」



「「それはジークだけ」」


 またもやシンクロした。この人も大概だと思う。


 その後、三人で仲良く片付けを終え、ようやく足の踏み場が出来た所で、ジークが私に一冊の名簿を渡してきた。


「これはなんですか?」


「まあ開いてみろ」


 ジークに促され、|頁《ページ》をめくると、レイスフォードの侯爵家に最近出入りした人物の名前が一覧になって書かれていた。


「?」


「そこの一番下を見てみろ」


 指でなぞりながら、ゆっくりと下へ視線を落としていく。

 名簿の一番下に書かれていた名前は『カトレア・シャモンズ』と書かれていた。


 私はその名に聞き覚えはなかった。


「この人かどうかしたんですか?」


 やっぱり知らないかとジークは嘆息を漏らした後、その人物の正体を教えてくれた。


「カトレア・シャモンズ。お前の両親と若い頃共にパーティーを組んでいた内の一人だ」


「えっ!?」


 両親と先生、そして私が生まれる前に死んでしまった一人。

 パーティーメンバーは、もう一人いる事は知っていたが名前までは知らなかった。


 そして今、その名を意外な所で知ることになった。


「カトレア・シャモンズ。居場所は突き止めてある。調査ついでに一度訪れてみたらどうだ?」


 私はジークの提案に一も二もなく同意した。

 

 先生以外にも会ってみたかった。昔の話をあまりしようとしない両親の若い頃を知っている人に。

 


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