カトレアさんの邸宅は広く、空いてる部屋がいくつかあるようでその中で比較的綺麗な部屋に通された。
とは言ってもどこもそんなに変わらないように見えたし、よく一人で管理が行き届いていると感心してしまった。
聞けば、母の結婚やそれによるパーティー解散を機に、冒険者を引退して自分の趣味で研究を始めたという。
それが何かは「恥ずかしいから秘密」と言って教えてくれなかったが、大方、美に関係する事ではないかと私は睨んでいる。
「ナニカ、アリマシタラ、オモウシツケクダサイ」
「ありがとうゴーレムさん」
「わぁ、僕、ゴーレムなんて初めて見たよー!!」
「先輩、地獄犬の時も似たような事言ってませんでしたか? 私も実物を見るのは初めてですけど」
その実験の助手としてゴーレムを使役しており、そのゴーレムに邸宅の管理を任せているのだという。
今では実験のほとんどをカトレアさん一人で行い、ゴーレムは家の使用人と化しているのだという。
「それじゃあ私はこっちの部屋ですから」
「うん」
食事と入浴を済ませ、カトレアさんから渡された大人っぽい寝巻きに着替えた私達は、それぞれ割り振られた部屋でゆっくりと自分の時間を過ごす筈だった。
「おお〜! エトの部屋も綺麗だね」
「ほぼ同じですよね」
しかし、何故か先輩が私の部屋まで着いてきてしまいそのビジョンはなくなった。
本当はカトレアさんの書斎にあった珍しい本を読んで夜を過ごそうと思っていたのに……先輩のせいで台無しである。
まあ、先輩を拒まず部屋に入れたのは私なんだけど。
先輩が私のベッドに飛び込み、綺麗にベッドメイクされていたシーツにシワをつける。
枕にすりすりし、顔をうずめる。なんともご満悦そうだ。私はベッドに腰掛けクッションを手に取る。
肌触りがよくて、とても柔らかかった。
先輩が枕を抱きながら、仰向けに寝転がる。
「ふあーー! 料理美味しかったね〜」
「先輩、おかわりしすぎ。太りますよ、いや太る」
「そんな決めつけなくたっていいじゃん! あ、それとも僕の胸に嫉妬してるの? ごめんね、僕って食べた物の栄養が全部胸に吸い取られるみたいでさ」
「は? なに言ってるんですか? 私の胸だって平均サイズですけれど? 先輩の方が一回り多いだけでマウント取りに来ないで下さい」
それに先輩は、胸にばかり養分が行っているから頭の方に栄養が回らないのだろう。
でも……それにしても先輩は私より少し背が低いだけで全体的にみるとスレンダーなんだよな。
豊かな胸元、ほっそりとした腰、すらりと伸びた長い足は、先輩に誘われ時々一緒にお風呂に入って見慣れている筈の私から見ても色っぽくて見える。
それで欲情するということはないけどね。
「……なに見てるのさ」
「いや、低いなぁ〜と」
「はあ!? そんな事ないもん! すぐ追い抜くから」
15歳を過ぎた私達に、これ以上大きな差が出るという事はないと思う……期待半分がいい所だろう。
そして、口論で勝てないと悟った先輩は実力行使に出た。
「エトなんかこうしてやるぅーー!!」
「わぷっ!!」
先輩が枕を顔面に押し付けてきた。
「やりましたね! これでもくらえ!!」
クッションを投げつけ、先輩も「わぷっ!」と声を上げる。
暫く手元のクッションを互いに投げ合っていると、部屋の扉が開き、丁度扉の方に飛んでいったクッションがカトレアさんに命中した。
「んぷっ!」
「あ、カトレアさん」
クッションが顔からずり落ちると同時に、カトレアさんは鼻を押さえる。どうやらクッションは鼻に当たったらしい。
「あらあら楽しそうでいいわね。若い子の中に、私も混ぜてもらっていいかしら」
言葉のふしぶしに棘があった。
カトレアさんが手招きをすると、何体かのゴーレムが枕とクッションを大量に運んできた。家中の枕とクッションをかき集めてきたらしい。
なんとも大人気ない。
「やりなさい」
声に感情が乗っていなかった。
「「「カシコマリマシタ」」」
「「うゃぁぁぁぁぁあ!!」」
私と先輩はしこたま枕とクッションの弾丸に見舞われた。
ゴーレムの投げる枕やクッションは、人が投げるよりも遥かに強力なのだという事が身に染みて分かった。
私たちが倒れ伏すのを確認するとゴーレム達は床に散らばった枕とクッションを手早く回収し、何事もなかったかのように部屋を退出した。
「さ、ガールズトークでもしましょう。正直言って久しぶりなのよ、年下の女の子と話すのは。ここにいると人と話す機会なんてあまりないし」
「そんな……大切な話し相手にゴーレム使ってしこたま攻めるなんて反則です」
「……僕たちはか弱い女の子なのに」
「先にやってきたのは貴方達の方よ? それに本当にか弱かったらゴーレムに反撃して、枕とクッションだけでゴーレム一体壊すなんて真似出来ないわよね? アルマ?」
「ううっ、ちょっと力んじゃただけだよ」
さすが先輩、呆れるほどの馬鹿力だ。これを火事場の馬鹿力というのだろう。
カトレアさんが床に足を開いて座る。
カトレアさんは和服なので、その少しはだけている着物の隙間から豊かな胸の谷間が見えて思わず目を逸らしてしまった。
「あら? エト、今、私の胸から目を逸らしたかしら」
「…………」
「カトレアさん。胸大きいね! 僕よりおっきいや」
先輩は自分の胸を揉み揉みと触って確認する。カトレアさんも「そうかしら」と自分の胸を揉み揉みと触り、そうかもしれないわねと呟く。
そして、二人同時にこちらを向く。
「……なんですか?」
「いやー」
「なんでもないわ」
カトレアさんと先輩の視線は、二人に比べたら少し劣る私の谷間に釘付けになっていた。
「まだまだね」
「だねー」
二人は見合ってうんうんと頷き合う。
私は咄嗟に胸を押さえる。はいはい、どうせ私がこの中で一番小さいですよーだ!!
私、先輩、カトレアさんは、ゴーレム枕投げの後ベッドの上で談笑していた。
途中までは……。
「ほんとにねぇー、アメリアのやつは……」
左手にワインのグラスを持ったカトレアさんは、頭を私の右肩に乗せてもたれかかってきていた。
頬をほんのりと上気させ、完全に酔っている。
「あはは、カトレアさんそろそろお水飲んだ方がいいんじゃないですか?」
「まだらいひょうぶよ」
「大丈夫には見えないんですが……」
ろれつも怪しいというのに、カトレアさんはこれでもかというほど、ワインをくびくびと飲み続ける。
その反対側では、私の左肩にもたれかかった先輩がくぴくぴと音を立ててワインを味わっていた。
最初は、本当にガールズトークをしていたというのに、ワインを呑んでからカトレアさんの愚痴大会になってしまった。
母に似ているからっていうだけで、娘の私に母の愚痴をこぼされても困る。
と言っても最初は新鮮だったので普通に聞いていたのだが、途中からループをし始め、同じ事を繰り返し語るようになってしまった。
その辺りからはまともに聞いていない。
そして、何を思ったか先輩までもがワインを飲み始め、案の定、数口目で酔ってしまった。
私は止めた。でもカトレアさんが「ジュース飲んでいるようで美味しいわよ」なんて言うから先輩が飲んでしまったのだ。
たしかに葡萄酒ではあるが……結果はこれだ。
「えへへ〜! エト捕まえたー!! 絶対離さないからー!」
「先輩戻ってきて下さい」
ぺしぺしと顔を叩いてみるが一向に戻ってくる気配はなく、それどころか私に叩かれて「ふへへ」と笑っている。
これはダメだ。完全に手遅れだろう。
「アメリア。もうどこにも行っちゃだめよ。もう……なんで私よりジルバスを選んだのかしら」
あらら、完全に私の事を母だと思い込んでる。それになんだろう……凄い柔らかい感触が左右の腕から感じる。
うん、いつの間にか先輩とカトレアさん両方に腕を組まれてる。
「カトレアさん。私はエトですよ。母と混じっちゃてます。アルマ先輩と行動を共にしている15歳の美少女ですよ」
「エト、それを普通自分で言う?」
「先輩。急に素面に戻らないで下さい」
先輩はそれだけ言うとまた「えへへー」とよく分からないモードに戻ってしまった。不思議な人だ。
「んふふ、アメリア〜」
どうしようかと悩んだが、せっかくの機会なので色々質問してみようと思った。
「先輩とカトレアさんの好きな人を教えて下さい」
ワインを飲んでいない時にもこの話はしたが、酔っている今、どんな答えが返ってくるのだろう。
ちなみに、さっき聞いた時は先輩は「エト!」と答え、カトレアさんは「そんな人いた事ない」と答えた。私は「シズルやカノン様……あとはアルマかな」と答えた。殆ど強制的に言わされた。
別にそんなに目で訴えてこなくても言うつもりだったのに。
「え〜、好きな人ー? さっきも答えたような気がするけど、僕はもちろんエトだよー!! あ、もしかして言わせたいのー?」
「先輩は黙って下さい」
さっきよりもスキンシップが激しかった。
「カトレアさんは?」
「私……私は貴方の事が好きなの」
「ええ〜!!」
まさかの私でした。隣で先輩が「エトは渡さないぞ」ガルルルゥと唸っているが気にしない事にする。
それに……たぶん。
「私はアメリア、貴方の事が好きなの」
ほら、予想通り。私の事を母だと勘違いしている。
「そうですか……母が好きだったのに父に取られちゃったんですね」
「カトレアさん可哀想」
私と先輩がよしよしと頭を撫でて慰めていると、カトレアさんが不意に我に返った。
「は! 私は今何を言ったの……え、もしかして酔った勢いで言っちゃった?」
ここで戻ってきてしまうとは……なんとも不憫な。そして相手も悪い、なにせ酔った先輩なのだから。
「しっかり言ってたよ。エトのお母さんの事が大好きってエトに抱きついて……」
「いやああああああああああぁーー!!」
「いやー、好きな人はいないとか言ってたのにちゃんといるじゃん」
「お願い忘れて、忘れて」
「大丈夫。帰ったらジークとかベルタに伝えとくから」
「それだけは本当にやめて、そんな事されたらもう私お終いよ」
朝になったら忘れているという可能性もあるが、こういう時の先輩は意外と覚えている。
だから、カトレアさんご愁傷様です。
こんな事なら酔い潰れたまま朝を迎えた方が良かったね。
「もう……部屋に戻るわ。貴方達も早く寝なさいよね」
先輩に散々いじり倒されたカトレアさんは、とぼとぼと部屋の外へと歩き出す。
扉に手をかけた時、カトレアさんが振り返って言った。
「今、思い出したわ。確かトルメダ・レイスフォードは、腕のいい召喚士を雇ってた筈だから気を付けるのよ。私は見た事ないけど」
それだけ伝えるとカトレアさんは部屋に戻っていった。
おそらく部屋でゴーレム相手にでも、やけ酒するのだろう。そんな気がする。
でも、それよりも今、カトレアさんが言った事が気になっていた。
「ねえ、エト。召喚士ってあの時の……」
思い出されるのは私が踊り子をやっていた時に起きた事件だ。
「はい、あの地獄犬はもしかしたらトルメダの雇った召喚士が……」
「かもね。まあ細かい事は明日考えよう。僕はもう寝る」
「え、ちょっ自分の部屋に戻って下さいよ。せっかく一人で寝れるのに」
「僕はエトと一緒に寝たいの。それとも嫌?」
「いや……じゃないけどさ」
「じゃあいいよね。おやすみ!」
ガバッと先輩が元気よく布団の中に潜り込む。やっぱり先輩は最初から酔ってなかったんじゃないかと思う。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!