普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

〜世界最強の暗殺者になって、私から全てを奪った者達に復讐しようと思います〜
水篠ナズナ
水篠ナズナ

人は時として獣になる

公開日時: 2020年12月20日(日) 22:24
文字数:2,841

「えっへへーー、エート!!」


 さっきから先輩がひっついて離れない。


「やめて下さい先輩、怒りますよ?」

「えーエトが怒っても別に怖くないよ〜〜」


 あの事件から数日が経ち、私たちはホームへと帰ってきた。今は自宅で静養中だ。火傷や噛み傷が痛くて動けない私たちに代わってイリアさんが家事全般の面倒を見てくれている。


「貴方達……夫婦喧嘩するなら他所でやってくれる」


 呆れた物言いでイリアさんが私たちに訴える。


「夫婦喧嘩じゃないです!!」


「夫婦じゃないけど……ここは僕の家だからイリアが出て行って」


「そしたら誰が動けない私たちの世話をするんですか?!」


「ええ、エトとか?」


 こてりと可愛らしく首を傾げる。


「ふざけんなぁーーー!」


 同じベッドの上で取っ組み合う私たちを見てイリアさんが再び嘆息を漏らす。


「ねえ、イチャイチャするならあたしのいない夜だけにしてくれない?」


 リンゴを綺麗な三日月の形に剥きながらイリアさんが提案する。テーブルの上にはイリアさんが剥いた二対のウサギの形をしたリンゴが私たちを見つめるように置かれていた。


「それはいいね! イリアないす!!」


「ナイス!っじゃありませんよ。夜にまたひっついて来たら蹴り飛ばしますからね」


「また? なに、貴方達もうしちゃったの?」


「まだ「してません」」


「は? 今、まだって言いましたか?」

「うん!」


 飽きずに取っ組み合いを始めた私たちを尻目にイリアさんはテキパキと家事を終わらせていく。家の構造を把握しているのか、どこに何があるのかも分かっているご様子だ。


「イリアさん。随分手慣れてますね」

 

 自然と思っていた事が口に出ていた。いや、別に嫉妬とかではない。


「そりゃね。貴方が来るまでは、あたしがこのバカの面倒を見てたんだから」


 聞けば週に一度は掃除の為に訪れていたようだ。まぁ、ほっとけばそりゃ大層なゴミ屋敷を作りあげるからねー。


「うんうん、イリアにはお世話になったなー。いやーなんだか懐かしいよ」


「イリアさんと先輩はパートナーだったんじゃないんですか?」


 私の質問にイリアさんと先輩が顔を顔を見合わせて笑った。


「まっさかー。こんな手のかかる馬鹿な子はいらないわよ」


「僕もこんなお節介なおばさんは嫌だよ」


 今馬鹿って言った? あんたこそおばさんって言ったかしらまだ二十代よ、二十超えたら立派なババアだと低俗な会話をし始めた所で私は相手にするのをやめ、布団の中へ潜った。


 この所先輩の事を考えてばかりだった。あの日から先輩は隠す事なく私に好意を向けて来た。対して私は白とも黒ともつかない反応を返すだけだった。


(あぁ、もうどうしたらいいんだよー)


 悩んでいる間に二人の問答は終わり、イリアさんが夕食を作り終えた所で迎えがやってきた。


「イリア先輩、迎えに来ました」


 ジークと同じ黒髪の少女が玄関前までやってきていた。私とアルマが降りてくると少女はペコリと小さくお辞儀した。


 アルマがそんな仰々しくしなくていいよと言っても、上下関係はきちんとしませんとと言って聞かなかった。


 まじめちゃんらしい。


 私にとっても彼女は先輩なので軽く挨拶する。そうしたら少女はギュッと私の手を掴んだ。


「私の事はクロエと呼んで下さい! 次は私の所に来るんですよね? 楽しみにしてます」


 めちゃめちゃ好意的に寄られ、先輩がむー……と、難しい顔をしていた。


「クロエ、傷が癒えるまでは無理よ。一人で頑張んなさい」

「イリアのバカ」


 その言葉使いにイリアさんは慌てる。


「ちょっと他の人の前ではため口はダメって言ったじゃない」


「平気、私たちと同じ匂いがしたから」


 まぁ確かに私たちも二人だけの時は気兼ねなく話してるからな。


「そうじゃなくてあたしの尊厳が……あぁ、もうアルマそんなニヤニヤしないで気持ち悪いわよ」


 面白いネタを見つけたと悪い顔になっていたアルマにイリアの鋭い言葉が刺さる。


「なっ! 気持ち悪くなんかないもん!!」


「はいはい、そういうことにしてあげるわ」


「ちゃんと否定してよ!」

「なに、過去の事でもバラされたい?」


 そう言って視線を私に向ける。アルマはそれはダメダメと全力で首を横に振る。


 たぶん先輩は一生かかってもイリアさんには勝てない気がする。


 私の元にクロエがやってきた。


「あの……元貴族様なんですよね? 今度お話聞かせてください!」


 なんでこんなにこの子は私に懐いているのだろう。クロエに対し、私はアルマとちょっと似てるなと認識した。


(賢さじゃこの子の足元にもおぼつかないけど、この母心をくすぐる上目遣いの使い方はアルマにそっくりだ)


 まぁアルマは天然派だろうけど。この子は演技のそれに近いな。


「いいよ分かった。それと私にもため口でいいんだよ」


 クロエはぶんぶんと首を横に振る。


「いえいえ、元とは言ってもお貴族様ですから」


 頑固だった。


 貴族という言葉に反応した先輩がクロエに僕に対してもため口でいいからねと伝えると。


「分かりました。アルマ先輩」


 と全く分かっていなかった。アルマは分かりやすいほど落胆していた。


「ごめんなさいね。この子は普段は口数が少ない癖に、時たまこうやって喋りだす事があるのよ」


 そう言ってクロエの首根っこを掴むと引きずるようにして連れて行った。まるで猫の親子のようだった。


 私とアルマは見えなくなるまで手を振った。


「じゃあイリアが作った夕飯食べようか」


 私とアルマが食卓を囲むとアルマが並べられた料理を見て苦い顔をした。


「あのババァ! 僕の苦手な物のオンパレードじゃんか!!」


 アルマは恨めしそうにピーマンやトマトを見つめていた。


◇◇◇


「おやすみなさい」


 私はお腹一杯だった。なにせアルマの分まで食べされられたのだから。


 アルマは、ほらほらあーんしてあげるからと言って罪悪感がまるで無く、逆に食べさせてあげたという優越感の方が上回っているようだった。


 まぁ食べた私も私だけど。


「もう寝る」


 いつの間にか同じベッドで眠るのに慣れてしまっている自分がいた。そして一緒に寝れる事を嬉しく思っている自分も。


(今日は入って来ないといいけど)


 入ってきて欲しくないと思いながら何処か期待している自分もいた。


「ねえ、今日なんの日か知ってる?」


 背中合わせでの状態でアルマが声を掛けてきた。

 

「知らないけど?」


 アルマが笑った気がした。そして一気にこちらに向き直る。


「今日は満月の日。狼男が覚醒する日なんだぞー!」


 だから僕も覚醒だーなどと意味不明な事を言いながら一気に襲ってきた。


 しかし今日の私は抵抗しなかった。


「あれ、抵抗しないの?」


 蹴られる気満々だったアルマが首を傾げる。


「疲れてるからめんどくさい」


 この三日間アルマの対処で気の休まる夜がなかった。たまにはお休みだ。


「そっかじゃあいいよね」


 そう言って抱きついてきた。


「勝手にして下さい」


 アルマの顔を直視しようとは思わなかった。だって今の私の顔を見たら絶対に調子に乗るから。


 アルマは暫くすると私を抱き枕のようにして眠りについた。


 それは私も同じで、いつの間にか私も同じで向きでお互いが抱き合うようにして眠っていた。


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