私はゴクリと唾を飲み込み。ジークの言葉を待つ。
「今回、お前達に行ってもらう任務は、ベルセイン商会の長。ロッゾ・ベルセインの暗殺だ。依頼主はベルセイン商会の競争相手、アベルタ商会の会長様からだ」
ベルセイン商会、アベルタ商会はどちらも帝都で今、一番力を持っている商会だ。
ベルセイン商会は、珍しい食品類や庶民の生活必需品などを。アベルタ商会は、戦争などで使う武器などを多く取り扱っている。
「二つの商会の争いに、私達が、アベルタ側に加担するという事ですか?」
私の質問に、思ってもいない所から声がかかった。
「エト。余計な詮索はしない、余計な事は喋らない。いいね?」
普段とは全く別人のような……ちょっと怖い先輩だ。
「すみません。先輩……」
先輩の冷えきるような声に、私はそれ以上、何も言うことは出来なかった。
ジークもそれに同調する。
「アルマの言う通り、命令にだけ従えばいい。それを正しいとか、正しくないとか考えてはダメだ」
「はい……」
すると、ジークが私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
ちょっ、下手くそ、頭がくらくらする! お前絶対、子供いないだろ。
「ギルマス?? ……何するんですか」
「そんな暗い顔するなって事だ。怒ってる訳じゃない。それに今回は、何故この依頼を受けたかも説明してやる」
ジークの言葉に、私は安堵した。
どうやら私は、まだ、何も知らされずに人を殺す事は出来ないらしい……いや、その覚悟が足りてないのだろう。
先輩は心底どうでもいいと思っているのか、ジークの説明を聞く気は全くないらしい。私も早くそうなりたいな。
「ベルセイン商会は長年、民衆の為に活動してきた。だが昨年から商会長が変わり、商品の値段が格段に上げられてしまった……」
帝都に流通している商品の殆どはベルセイン商会の物だ。それを値上げするとなると、民にとって苦しい事になるだろう。
「確かに、町で買い物した時、洗剤とかは高かったですね。でも食料品は、そんなに高くなかった気がしますが?」
「それはな、このままでは民が暮らしていけなくなると、アベルタ商会が抗議した為、仕方なく定価に戻したらしい。それに、これが依頼を出した一番の理由らしいんだが……ベルセイン商会は違法奴隷の販売・密輸に手を出しているらしい」
ジークの話によると、ベルセイン商会のあまりの落ちぶれぶりを知った、アベルタ商会の会長がジークに依頼をしたという。
随分と偽善者っぽい事をするな。いや、それとも本心から民の事を思ってるのかもしれない……放っておいても破滅するというのに。
でも……良かった。私達が一方的に悪者じゃなくて。いや、暗殺者の時点で既に悪者なのかも……。
話を聞き終えた、先輩は当然だとばかりに、胸を張っている。
……いや、何をそんなに自慢げにしてるんですかね、それに先輩、私より胸ないでしょう。ないよね、うん。
「それは……随分と酷い話ですね。奴隷は子供が大半でしょうし、民が知ったら信用もガタ落ちでしょう」
でも本当は、こんな感情持ってはいけないんだよね。ジークはまだ甘い私のためを思って、話してくれたんだろうな。
「手段はお前達に任せるが、アベルタ商会は自殺に見せかける事をお望みだ。期限は一週間以内に遂行しろ」
「はい、お任せ下さい!」
私が返事をするより先に、先輩が元気よく答えた、よほど自信があるんだろう、私としても安心できる。
よし、足手纏いにならないよう、精一杯頑張ろう!
「エト。今度は、任務成功時に会えることを楽しみにしてるぞ」
「はい、私も情報を楽しみにしていますね」
俺に会えることより、情報の方が楽しみなのかよと小声で言いながら帰っていった。 いや、当たり前でしょうに。
と、同時に周りの気配も消えた。
「プハッーー。やぁっーと、生きた心地がするよ」
先輩が大きく息を吐いた、こんな先輩でも案外、緊張してたらしい。
「先輩、ずいぶんと自信満々でしたね。何か策があるんですか?」
私が期待のこもった眼差しで見つめる。だか、返答は私をげんなりさせるものだった。
「なんにも、無い!!」
ハッキリ言いやがったな、こいつ。
「……じゃあなんで、あんな自信満々に言ったんですか!!」
「それは、周りの人達が怖かったから!」
――コイツ。私は拳を握りしめたが、なんとかこみ上げてくる怒りを抑え込む。
「で、でも先輩は数々の任務を成功させてきたんですよね? ならいつも通りにやれば……」
「それは、無理。僕、一人じゃないと本気出せない」
この人は何言ってるんだろ、一人だろうが二人だろうが変わらないだろうに……やっぱりただの馬鹿?
「エト……心の声が漏れてるよ」
「はっ、しまった。声に出てましたか……」
「と、とにかく、何を言われても僕はやらないからね。エト一人でやりな、失敗したらすっごく怒られるだけだから、大丈夫だよ」
うわ、すっごくやりたくない。それに先輩がなんだか怪しい。
「それのどこが大丈夫なんですか……分かりました。もう一人でやります、先輩なんか頼りません」
「うんうん。それがいいよ! あっ、間違っても任務の事、他の人に話しちゃだめだよ。これは一応僕達の任務なんだから」
「それくらい、わかってますよ。先輩じゃありませんし………ちょっとカッコいいと思ってたのにな」
「うん? 今何か言った?」
「なんでもありません。さようなら!!」
私はドアを思いっきり強く閉めると、ターゲットのいるベルセイン商会へと向かった。
道は覚えている、ターゲットの顔もよく見るから知っている。後はうまく処理するだけ。こんなの私一人でも十分だ。
先輩なんか必要ない。
この時の私は、暗殺者という職業を軽く見て、事に及び、後に大変な後悔をする事になるのを知らなかった。
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