邸宅の中に招き入れられ、中に入ると「うわぁ!!」と先輩が声を漏らす。中は外観に劣らず豪奢な作りになっていた。
今、私たちが歩いているカーペットの上もさることながら、どこもかしこも豪華絢爛な物で溢れかえっていた。
これだけで、どれほど彼女がよい暮らしを送っているか見てとれる。
客間に通され、三人は座れそうなソファーにカトレアさんはドカッと腰をおろす。
「どうぞ、適当にかけて」
その対面にあるソファーに、先に先輩が座り、自分の隣をぽんぽんと叩く。
ここに座れということらしい。隣に座ることくらい別にいいんだけどね。お膝に座れとか言われない限り。
でも私は意地悪なので、先輩の隣に少し間をあけて座る。
「むっ!」
わざと間をあけたら、先輩がぴったりと体をくっつけて、肩を寄せてきた。
「えっへへー!!」
「……結局こうなるんだ」
カトレアさんはそんな仲睦まじい私たちの姿を見ると、微笑んで、立ち上がる。
「二人ともお茶でいいかしら?」
「ジュースの方がい――お茶で平気です」
二の腕をつねられた先輩がうぐっと声を出して、私の意図を理解してくれた。
この歳になって、それも今日会ったばかりの人に礼儀がなっていないと思ったからだ。
こういう所から直していかないと、大人になってもだらしない人になっちゃうからね。
私はそんな人嫌だし。
「あ、私も手伝います」
「いいわ。一人で大丈夫よ」
「そうですか。分かりました」
出来れば手伝う事を名目に、先輩から離れたい所だったんだけど。
さっきから先輩が私の腕を掴んで離さないし。
「先輩……その……当たってますよ」
「当たらせてるの! 言わせないでよ」
「……言わなくていいのに」
暫く先輩とじゃれあいながら時間を潰していると、カトレアさんがお茶を淹れたコップを私たちに手渡す。
「あったかいですね」
「あったかいね」
私と先輩は渡されたお茶を一口飲む。お茶の香りが口いっぱいに広がった。中々濃いお茶らしい。
先輩には苦いかもしれないと思ったら案の定顔を顰めていた。ちょっと意地悪してみたくなった。
「ちゃんと全部飲んで下さいね? 私、出された物を残す人嫌いですから」
「うう。頑張る〜!!」
「ふふっ」
カトレアさんが顔を綻ばせて笑う。
やつれていても美人は美人だった。
「そうやって意地悪するところ。なんだか昔のアメリアを見ているようね」
前に座るカトレアさんは優雅にお茶を嗜む。
カトレアさんがお茶を飲む姿は様になっていて、悔しい事に美しいと思ってしまった。
女の人は歳を重なる事に、色気を醸し出すって言うけれど、こうゆう事なのかもしれない。
「それで、お母様の話が聞きたい? それとも先に仕事の話かしら?」
コップをテーブルに置き、カトレアさんの方から話を切り出す。
「あ」
「?」
そういえばそうだった。
色々あってすっかり当初の予定を忘れていた。
お母さんの話を聞きたかったのもあるけれど、レイスフォード家に出入りしているっていうカトレアさんの話を聞くためにこんな辺鄙な森までやって来たのだ。
「じゃあ先に仕事の話からします」
「いいわよ。何を聞かれるのか分かってるつもりだし」
後ろめたい事がないのかカトレアさんは堂々としている。
「単刀直入に聞きます。レイスフォード家で何をしていましたか?」
「薬を……月に一度、レイスフォード家に薬を届けているのよ」
「薬?」
真剣な話をしている横で先輩が「うえっ〜」声を出し、お茶と格闘していた。
そんなに嫌なら飲まなければいいのに……あ、私の言ったこと気にしてるんだ。
「ええ、薬よ。当主のトルメダ・レイスフォードは病気なのよ」
「それって重い病気?」
お茶と格闘していた先輩が、感情のこもっていない声で問いかける。
それもそうだ。トルメダは先輩にとって憎き相手。
口では昔の事はもう気にしないと言っているものの、チャンスがあれば復讐したいと思っている筈だ。
そんな簡単に忘れられるものではない。
「今すぐ死ぬっていう程のものじゃないわ。でも……そうね、少なくとも何年後かくらいには死ぬかもしれないわ」
「……そっか」
先輩はホッと息を吐く。今すぐ死なない事に安堵したように見える。
どうせ死ぬなら先輩は自分の手でトルメダを殺したいのだろう。
カトレアさんによると、今すぐは死なないが本格的な治療をしなければ数年後には重篤になる可能性が高いのだという。
「? カトレアさんは医者なんですか?」
「そんなわけないでしょ。たまたま彼の病気を知っていて、報酬が高かったから飛びついただけ」
それってお金に困っているって事? こんなに豪奢なのに?
「お金に困っているようには見えないんですが?」
「部屋だけ見たらね。実は地下に私の研究室があるのよ、研究で使う機材やら材料をかき集めていたら凄い出費になっちゃって。今借金してるのよ」
カトレアさん曰く、この森に引っ越して来た時、先に家具を買って後から研究室を作ったら予想以上に金がかかり、若い頃に貯めた貯金を全部はたいてしまったそうだ。
「ああ〜それはお気の毒様ですね」
「……助けてはくれないのね」
「私にメリットはありませんから」
「……そういう所アメリアそっくり」
「そうですか? 母と似ているって言われるとなんだか嬉しいですね」
アメリア……母の事を知っている人は意外にも多い事に最近気が付いた。
ギルドに所属している他のメンバーも何人か母の事を知っていて聞きに来るくらいだ。
私が母の死を伝えるとみな悲しそうに「何かあったら力になるから」と暖かい声をかけてくれる。
暗殺者ギルドに所属しているとは思えない程、優しい人達だった。
だから、母が若い頃に築き上げた人脈は今も健在である事が伺える。
これは人柄なんだろう。母には自然と人を惹きつける特別な力があったんだ。
「…………」
先輩が無言でグイグイと私の裾を引っ張る。
「僕たち実験体にされちゃうのかな」
「…………」
「…………」
うるうるとした瞳をぶつけてくる先輩に、私とカトレアさんはまだその説を推してくるのかと呆れて物を言えなかった。
……いや普段から先輩はこんな感じか。
とりあえずしばいておく。
「いだっ!? もう変な事言わないからつねらないで!!」
二の腕を庇う先輩は、その無垢な瞳を涙目にしていてとても可愛かった。
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