普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

〜世界最強の暗殺者になって、私から全てを奪った者達に復讐しようと思います〜
水篠ナズナ
水篠ナズナ

遊郭

公開日時: 2020年12月11日(金) 22:08
文字数:2,329

 朝だというのに私は帝都で夜の街と呼ばれている〈フランシェル通り〉を歩いていた。


 建物の影で日があまり当たらないせいか薄気味悪く感じる。それに少し肌寒い。


 遊郭が建ち並び娼婦や妓女が集まっている。まぁ踊り子も自分を売りにする職業なのでこの地区に集まるのも仕方ないが……踊り子はけっしてそういった類の職業ではないがごく稀にお客と一夜を共にする事がある。


 イリアさんが所属している派閥は見た目が良いことは勿論、踊り手としても一流と評判だ。有力な貴族達が後ろ盾になってくれているお陰で無駄な争いを避ける事も出来ている。


 そのため危険な目に遭うことは殆どないので踊り子を目指す少女達がこぞって入りたがる。なので競争率の激しい派閥なのだ。


 その争いに負けた者が二流、三流の派閥に流れていく。一流の踊り子と認められると皇族の演芸会、または主催のパーティーなどに呼ばれることもあり、イリアさんも二回ほど呼ばれた事があるそうだ、


 などと考えながら歩いていると前から声をかけられる。


「へへっ、お嬢ちゃん。一晩買ってやろうか?」


「まだ身体は青くさいが……いい顔してるじゃん」


 二人組の男が進行方向から近寄ってきて、私に言い寄る。


 めっちゃ酒臭い。


「……」


 私は無視して通り過ぎようとするが、無駄にでかいがたいで私の前に立ち塞がる。


「おいおい、無視かよ! ひでぇな」


「これはお仕置きが必要だなぁ、ヒック」


 随分と飲んでいるらしい。


「……どいて」


 と言ってもどいてくれる筈はなく、私に手を伸ばしてくる。それをむざむざと許す私ではない。


「さわんな」


 伸ばしかけていた手を払いのけ、その顔面に足蹴りを叩き込む。


「ぐべぇっ!」


 カエルがひしゃげたような声を出し、その顔面に蹴りがめり込む。何本か歯が折れ、口から飛び出す。


 今日は普段着ているようなつぎはぎのある庶民の服ではなく、貴族とまではいかないがお金持ちの娘に見られるような服装をしている。


 実際、それくらいのお金はあるからね。


 なのでスカートの裾に男の血がつかないようにめくって蹴った。


 |淑女《レディー》としてはダメなのだがスカートの中にもう一枚下着の他に履いている。


 建前としては暗殺者として緊急事にすぐ動けるようにしている。あとは単純に私が動きやすい服装が好きなだけなのだが。


 (お母さんがいたら叱られてたなぁー)


 ピクピクしている男を足蹴にもう一人の男に体を向ける。


「あっあぁ。待ってくれ俺たちが悪かった。ほらこれやるよ!」


 すっかり酔いが覚めた男は後ろにあとずさりながら無造作に金銭の入った袋を投げてきた。それを拾い上げ中身を確認するとアイテム袋にサッとしまう。


 我ながらやっている事は悪人そのものだ。まぁ暗殺者やっている時点で良い人間ではないのだけれど。


「なっ? これで勘弁してくれ」


 私は無言で|歩《ほ》を進める。


「えっ、待ってくれよ。いえ止まって下さい」


 私が止まらない事に男は焦りを見せる。


「別に欲しいなんて一言も言ってないんだけれど……まぁくれるっていうから貰っただけだし」


 バチバチと魔力を滾らせ左手を男の脇腹におしあてる。


「ぐぼおっ!」


 近くの壁まで吹っ飛び壁に人型のヒビが入っていた。


 ここでは多少のおいたは許されるのが暗黙の了解になっている。いちいち騒ぎを起こして衛兵を呼ぶなんてやってやれないからね。


 壊した壁の修繕費も男達が払ってくれる事だろう。


 まぁ私がお金の入った袋を持っているんだけど。


 そのまま通りを歩き、ようやくイリアさんがいる館が見えてきた。見た目は妓女達がいる屋敷とそう変わらない。


 そしてその手前にある酒場でまた声をかけられた。四十手前くらいのおっさんだ。


 (もう、うんざりする)


「そこのガキィー? おれに酒を|い《・》|っ《・》|ぱ《・》|い《・》ついでくれやぁ〜」


 かなり酔っているようだ。でもいくら酔っているからといって、言っていい事と悪い事がある。


 反射的にガキという単語に反応した私はおっさんの口にコップいっぱいに注いだ酒を三本詰め込んだ。


 おっさんはゴボゴボと音を立て口から泡を吐き出した。


「はい、|い《・》|っ《・》|ぱ《・》|い《・》ついだよ!」


 接客は笑顔が大事という事なのでにっかりと歯をみせ笑ってみる。


 周囲の人はしばらくポカーンとしていたが徐々に称賛の声が上がった。


「やるなぁ嬢ちゃん。ほら、これもってけ」


 気前のいい店の店主からいくつかおつまみを貰い、ようやく目的地にたどり着いた。


「……遠い」


 館の門の手前で一言文句を垂れる。


 門を叩くと暫くして妙齢の艶かしい女性が出てきた。


 そしてジロリと私を見やる。


「ここにはなんの用? 貴方みたいな子供が来る場所ではないわよ」


 踊り子に特に年齢は決められていないが派閥によってある程度の目安は決められている。ここは二十代前半が特に多いと聞く。


「友人の紹介で暫くここで働くことになりました。エト・カーノルドです。よろしくお願いします」


「よろしくって……ええ! 誰の紹介よ!!」


「それは……」


「その子はあたしの紹介よ」


「イ、イリアさん?!」


 私がイリアさんの名前を出そうとした時、奥からひょこっとイリアさんが顔を出した。


「そういうわけだからこの子はあたしが連れていくわ。いいわね?」


「は、はい。どうぞどうぞ」


 妙齢の女が道を譲る。イリアさんは中々の大物らしい。


「いくわよエト」


「は、はい」


 手を引かれ奥の部屋まで連れてこられるとそこにはたくさんの衣装が並んでいた。


「うわーーー凄い数ですね」


 イリアはまじまじと私と衣装を見比べている。


「うん、そうね。貴方にはこれがいいわ」


 たくさんの衣装の中から一着を取り出すと私にポンッと手渡した。


「さぁ、これに着替えなさい」


「…………はい」


 渡された衣装は中々に派手で布の面積が少なかった。


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