普通のメイドだったけど王女を失って暗殺者になりました

〜世界最強の暗殺者になって、私から全てを奪った者達に復讐しようと思います〜
水篠ナズナ
水篠ナズナ

陰謀の始まり

公開日時: 2020年9月8日(火) 10:19
文字数:3,469

「痛い! やめて、こんな事するのはやめて下さい!」


 王宮の一室で少女のか細い声が響く。 顔を叩かれ、地面にへたり込んだ少女に声をかける者は居ない。


 あるのは侮蔑のこもった視線だけだ。


 「貴方がこんな事をする人だとは思いませんでした」 


  冷たい声が響く。 私の顔を叩いたメリティナが涙ぐみながら言った言葉だ。


「私は……私は本当にしてないんです。 信じて……下さ……い」


  ローラに睨まれているからなのか、自分の口から出た言葉は弱々しいものだった。


「既に証人は揃っているのよ、目撃者が何人もいるのにまだ否定すると言うの? 貴方には貴族としての誇りがないのかしら、見苦しくて見ていられないわ」


  じゃあ見なければいいでしょ! 私よりローラの方が絶対貴族としては腐ってると思う。


 「本当にエトがメリティナのメイド服を破いたの?」


  信じられないといった目で、茫然自失したシズルにローラが優しく声をかける。


「そうですわ、彼女がメリティナの服をビリビリに破いたのです。 貴方もこんな友人をもってしまい可哀想ですわね。 でも心配ありませんわ、今日から私が新しい友人になりますので」


  シズルはローラには返事をせず何ともいえない顔をして私の元にやってきた。


「エト……本当に貴方がやったの?」

  

「違うよ、私じゃないの信じて!」


 私達の間に沈黙が流れた、その時間は一瞬であった筈だが私にはとても長く感じられた。


 やがてシズルは深い溜息をつくと、私を守るようにローラの前に立ちふさがった。


「悪いわね、私はエトを信じる事にしたわ」

「シズル〜〜〜ぅ」


 シズルが私に優しく微笑む。


「はぁ、証拠もあるっていうのにまだそっちに味方するの。 もういいわ、友達ごっこには付き合いきれない。 行きましょメリティナさん」


「は、はいローラさん」


  チラッと彼女はこちらを見やったがローラに促され行ってしまった。


「大丈夫だった?」


「うん、なんとかね」


 本当はめっちゃ怖かった、このままシズルにも見放されてしまのではないかと思って。


「それで証人って誰なの?」


「服を破いている私の姿を目撃した者が何人も居て、第一発見者はマリウスだったみたい。彼がローラやメリティナに報告をした後、何人かの人が私も見たと証言したの」


「マリウスが……でも彼は嘘なんかつくようなタイプじゃないし、かといって信用出来るかといったらそうでもないわね。 それでも彼がメリティナの服を破いたとは思えないわメリットがないもの」


「ねぇ確かウィリア家は、長年ローラの家に仕えてきたんだよね。 だったら彼はローラの命令に従ってやったのかもしれないよ」


「ローラの力がどれほどの強いのかはわからないけど可能性としては否定できないわね」


「それと私がやるんだったらバレないようにやるもん」


 そう、私がもしもそんな卑劣な事をやるとしたら絶対にバレないようにやるに決まってる。 カノン様に嫌われたくないからね。


 同僚の服を裂くなんて悪魔の所業、いくらシズルちゃんにイタズラする様な私でも嫌われるような事はやらないもん。


「それもそうね。 あと、あまりそういう発言は控えた方がいいわよ誰が聞いているか分かったものじゃないから」


「おっと失言だったね、今のは忘れてほしい」


「はぁー。 どっちにしてもカノン様が戻ってきたら報告にいかないといけないわね」


 今、王族達は先日の縁談の件で帝国との会談に望んでいる。


 会談場所は王国と帝国の境界線がある場所だ。 一部の有力大臣も同行している為、城にはさほど人が残って居ない。


 今日はミザリー、ヨハン、フリーダの三人が付いていっている。  他にも護衛に近衛騎士団や王国の兵士が戦争をしに行くのかと思うくらいの人数が同行している。


 最初は陛下も近衛騎士団だけで平気だといったが、王族にもしもの事があってはならないと大臣達に強く進言された為、仕方なく連れて行くことになった。


 王族が不在の間は、残った大臣達が城を取り仕切っているのだそうだ。


 ウルティニア様はまだ専属の側仕えがいないのでミザリーが受け持つと言っていた。


 そんな王族不在の中、揉め事が起きた。 これはお叱り間違いなしだろう。


「これは推測になるのだけれど、エトを見たという雇われメイド達は皆、ローラの息がかかっている者ではないかしら。 そうじゃなければ誰一人としてエトを擁護する者が現れないのはおかしな話だもの」


「それだと私の打つ手はないじゃん! これはしてやられたね」


「そんな呑気に言ってられないわよ。 事情を知らない他のメイド達はあんなに証人がいたらエトが本当にやったものだと思ってしまうもの」


 シズルの言葉通り私の黒い噂は、ローラ達によってあっという間に広まってしまった。 私は勿論真っ向から否定したが聞き入れてもらえなかった。


 そして会談を終え、戻ってきたカノン様の耳にもすぐに入った。


 私、メリティナ、フリーダ、ローラ、マリウス、シズルがカノン様の部屋に呼ばれた。 フリーダも呼ばれたのはローラ派だからだろう。


 事情を知らずどっちにも属してないミザリーは自室で待機を命じられた様だ。


 はあっーーと彼女は深い溜息をついた。


「事件のことは聞いたわ。……単刀直入に聞きます。エト、貴方がメリティナの服を破いたの?」


「私の名に誓って決してその様な事はしておりません」


「白々しいですわね」


 ローラが口を挟んできた。


 「下がりなさいローラ。 今、私はエトと話をしているの」


「〜〜〜っ申し訳ございません」


 カノン様は真っ直ぐな瞳で私を見つめてすぐに言葉を口にされた。


 「分かりました、エトを信じましょう。 それに私は専属メイドの子達の中にそんな酷い事をする人がいるとは思いたくはありませんので。 貴女もそれでいいですかメリティナ?」


  メリティナはビクッと肩を震わせた後、おずおずと口を開いた。


「はい。 実際私は犯行を見ていませんし、マリウスさん達の勘違いだったかもしれません。 後から考えるとエトさんがこんな事をする人とは思えなかったので、場の雰囲気に流され、あの時は叩いてしまい申し訳ありませんでした」


  その言葉にマリウスが噛み付いた。


「俺の事が信じられないっていうのか? 他にも見てる奴はいるし、俺は子爵家の息子でお前の様な騎士家の娘とは違うんだぞ!」


「ひっっ。 ごめんなさい、そういう事では……」


「マリウス! やめなさい家の事はここでは関係ないでしょう。貴方は少し頭を冷やしなさい」


「……はい」


  興奮気味のマリウスはひとまず退出を命じられた。


「マリウスには後で話を聞いてあげる必要があるわね、メリティナ今回の事は事故と取り扱う事にするけどいいかしら?」


「はい、それで構いません」


「分かりました。 この事件は不幸な事故として取り扱いましょう。メリティナの代わりの服は後日用意します」


「あ、メリティナの服の代金は私にも出させて下さい」


  元々は私のせいで巻き込まれちゃたようなものだからね。


  そこで今まで隣で大人しくしていたフリーダが私だけに聞こえる声で囁いた。 


「あらあら、少しは自分の所為だって分かってるみたいですね、こんなものじゃ終わりませんよ」


   ゾッとした。 彼女の表情は変わらないのに声だけは酷く低い、心の底から恐怖を感じた。 


  もしも二人きりだったら耐えられなかったかもしれない。


「あ、私も少しばかりですが出させて下さい」


  シズルも声を上げた。


「二人の申し出はありがたいのだけれど、二人の給料を無くさせるわけにはいきませんから私に任せて下さい。 その為の王族のお金ですし、その心意気で十分ですよ」


  ぐっ実際にそうだろう。 出そうと思ったら余裕で私の1年間の給料が飛ぶほど高価だ。


  私たちは仕方なく引き下がった。


「ではこれにて解散とします。 自分の仕事に戻って下さい」


   カノン様が手を叩きそれを合図に解散となった。


「あ、エトはまだいなさい。 少し話があります」


「……分かりました」


  話ってなんだろう。 嫌な話じゃないといいけど。


  誰もいなくなった後、カノン様は私を後ろから抱き締め、顔を耳元に近づけた。

  

「私は貴女の事を一番信用しているから安心しなさい、そしてフリーダやローラなどの周囲の者に気をつけるのよ」


「ーーー! は、はいぃー」


  私はカノン様に抱き締められたことから顔が真っ赤になっていたと思う。 前を向いていたから顔を見られなくて本当に良かった。


「言っていいですよ」


  解放された私はヘニョヘニョになっていた。


「本当に分かりやすい子ね、可愛い!」


 プシューーー。満面の笑顔で可愛いと言われた私は精神の限界を迎えた。


 その後、私は忠告の意味を考えつつも恥ずかしくて顔を抑えながらベッドに潜り込むことになった。


  カノン様の誕生日まであと少し。

  

  

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