「ふふっ、魔女ねえー。村の人達もそう呼んでいた気がするわ」
上品に笑う魔女? さんは、私は魔女ではないわと魔女説を否定した。
「確かにこんな格好をしているけど、ただの魔法使いよ」
「魔女と魔法使いって同じじゃないの?」
先輩が一歩近付き、魔法使いさんの全身を見ながら疑問を呈する。
魔女と魔法使いの違い、それは一体なんなのだろう。
「魔女と魔法使いは、似てるようでまったく似てないの。例えると魔女は研究者、魔法使いは実験者なのよ」
「魔女は自分の研究……つまり人と関わりを持たないような魔法使いの事を指すんですか?」
「ええ、捉え方としてはそんな感じね。あの子に似て頭が回るみたいね――エト」
「私の事を知っているんですか? さっきもあの子の娘って言いましたよね」
「そういえば名前を名乗っていなかったわね。私の名前はカトレア。カトレア・シャモンズよ」
「貴方がカトレアさん……」
目の前にいる20代後半の艶やかな鈍色の髪をした女性が私たちが探していた人物だった。
「え、いまな」
「ちなみによく聞かれるから先に言っておくけど、私は30代後半よ」
むぐっと黙り込む先輩。聞く気満々だったらしい。
女性に年齢を尋ねるのは失礼な事なのだが……30代にしては若すぎませんか?!
「カトレアさん。少し肌に触れてみていいですか?」
カトレアさんは少し驚いたような顔をした後、いいわよ同性だしと言ってくれた。
ちなみに先輩は、私の肌に触れたいと言ってきたのでとりあえずしばいておいた。
先輩にはもうちょっと時と場所を考えて欲しい。
「そういう所はあいつに似たのね」
ハリのある艶々の肌に触れていると、カトレアさんが憎たらしそうにぽつんと呟いた。
「あいつ? 父の事ですか?」
「ええ、あの人は馬鹿だったからよく詐欺に引っかかっていたわ。その度にアメリアに助けてもらって」
「父にそんな一面が……」
まあ親馬鹿なのは知っていたけど、普通にお馬鹿でもあったのか。
「それにしても本当に容姿はアメリアそっくりね。瞳は父親譲りのようだけど、それ以外は今の貴方と同じ歳だった頃のアメリアを見ているみたい」
「……貴方はいつから母と?」
「17の時から一緒に行動してたわね。まだジルバス――貴方の父がいない時、基本、三人で行動してたわ」
「三人……あと一人は」
「ジークよ。こういえば何をしていたのか想像がつくでしょう」
「……なるほど」
私は知らず知らずの内に、母と同じ職業についていたらしい。
詳しくは聞いていないが母は昔、高貴な貴族の生まれだったらしいから何かあったんだと思う。
今の私のように。
「ジークが抜けた後。いわば暗殺者から身をひいた後、冒険者としてジルバス達に会ったのよ」
それが出会いだったわ。
カトレアさんは懐かしそうに語る。
どこか遠い、昔の出来事のように。
確かにカトレアさんからすると遠い昔の話なのだろう。でも理由はそれだけではないと思う。
そうじゃなければ、あんなに哀しそうな顔はしない筈だから。
カトレアさんはジークと交流があった。なら知っているのだろう、母がどうなってしまったのか。
「あの」
「ねえねえ、ジークはどこ行ったの?」
先輩に遮られてしまった。
でも時間はあるし、また後で聞けばいいか。
「ジークなら帰ったわよ」
「「帰った!?」」
見事に声が重なる。
「帰ったわよ。あとは私に任せたって」
どうやらカトレアさん曰く、森の中で偶然出会い私たちの面倒を任せてジークは一人で帰ったらしい。
羅針盤があるからかよ畜生。
「私たちはどう帰れば」
「それなら心配いらないわ。私が森の出口まで案内するもの」
「それなら安心ですね」
ちゃんと帰れる事が分かったというのに、先輩はなんだか浮かない顔をしている。
「僕たちの事食べない?」
なるほど。まだ森の魔女説を推しているらしい。
「食べないわよ!! この子どういう思考してるの!」
「先輩はいつもこんな感じですよ」
「僕はいつもこんな感じだよ」
「……………」
いつもより調子に乗っている気がする。
「はあ、もういいわ。こんな所で立ち話もなんだし、私の家まで行くわよ」
「家近いんですか?」
「ええ」
カトレアさんは深く生い茂った藪の中を示す。それが意味する事はつまり……。
「この先に入ると」
「ええ」
そんな満面の笑みで言う事じゃないでしょ!
「僕行きたくない」
「なら置いていくわよ」
「行きます」
やっぱり先輩は一人でこんな所に残るのは嫌なのだろう。
「はぁ。行きますか」
藪の中に一歩踏み出そうとした時、カトレアさんに待ったをかけられた。
「待ちなさい。今魔法を解くから」
「え? 魔法?」
カトレアさんが杖を取り出し魔法を唱える。すると藪が煙のように消え、白いもやもやが晴れた先には豪奢な館が見えた。
「え? え?」
「ほら行くわよ」
狼狽する私たちの手を取り、屋敷の敷地へと足を踏み入れる。
後ろを振り返れば、入ってきた道は藪に覆われていた。
「ねえ、本当に帰れるの?」
「わかりません。食べられちゃうかもしれないです」
小声で先輩が不安を仰いできた。
「聞こえてるわよ。食べないって言ってるじゃない……本当に食べてあげようか」
アメリアに似て可愛いし、じゅるりとカトレアさんが舌舐めずりをした。
「エトはあげないもん」
先輩に抱き寄せられる。
「あら、私とやろうって? いいわよ、かかってきなさい」
なんだこれ? 私がふざけすぎたのが悪いのか?
とりあえず先輩とカトレアさんの喧嘩を止める。
意外にも大人しく引き下がってくれたなって思っていると二人は何か神妙な面持ちで相談し始めた。
「じゃあ仲良く半分こね」
「ええ、そうしましょう」
何やらやばい話が聞こえてきた気がするので、とりあえず逃げようと思う。
「どこに行くのかな」
「どこに行くのかしら」
「は、はひぃ〜?」
見事につまみ上げられ私は情けない声で鳴いた。
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