「ここにあのお方が……」
「はい」
「ううむ……」
「どうかしましたか?」
「な、なんというか、緊張してしまって……」
「ええ……」
形代が困惑する。
「ああ、どうしようか……」
「どうしようかって……じゃあ、お会いになるのは辞めますか?」
「い、いや! 辞めません!」
「では、どうぞ」
「い、いや、心の準備がまだ……」
「本当に面倒くさ……」
形代が小声で呟く。
「鍋釜、さっさと行くばい」
「こんなところで時間を潰している暇はないでごわす」
「う、うむ……」
浮草と南郷に促され、鍋釜も前を向く。形代が頷く。
「よろしいですね? それではどうぞ……」
形代の案内で、鍋釜たち三人は社殿に入る。鍋釜が自身の胸を抑えて呟く。
「ああ、心の臓が高鳴る……」
「大げさですね」
「は、吐きそう……」
「掃除はご自分でして下さいね」
形代が冷たくあしらう。
「うっ……」
「お、おい、鍋釜!」
「しっかりするでごわす」
「あ、ああ、申し訳ない、落ち着いたたい……」
「……着きました」
社殿の奥に着く。鍋釜が息を吞む。
「こ、ここに、あの方が……」
「ご主人様、ご案内しました……」
「はいよ、ご苦労さん……」
「ん?」
鍋釜が辺りを見回す。
「どうかしたか?」
巫女服を着た少女が鍋釜を見上げるように尋ねる。
「ああ、こちらの神社の巫女さんですか? これは失礼、上の方ばかり見ていて気がつきませんでした……」
「見下されているようで気に食わねえな……」
「え?」
「なんでもない。それで話は?」
「ええ、あのお方にお願いしたいことがあるのですが……」
「だから何だよ?」
「えっ?」
「えっ?じゃねえよ」
「あ、ああ、貴女が取り次いでくれるのですか?」
「誰に取り次ぐんだよ?」
鍋釜は膝を折り曲げて少女に目線を合わせ、優しく語りかける。
「それはこの九州に知られた伝説の巫女さまにですよ……」
「伝説の巫女?」
「ええ、人智を超えた不可思議な力をお使いになられる方です」
「……だから、それアタシだろ?」
「そうそう、貴女……って、ええっ⁉」
鍋釜が驚いて尻餅をつく。少女が右手の親指で自らを指し示す。
「伝説かどうかは知らねえが……お探しの巫女、御神楽伊那とはアタシのことだ」
「そ、そんな……」
「驚くことか?」
「いや、昔から名前を聞く方がこんなに若いはずが……」
「人智を超えたとかなんとか、自分で言っていたじゃねえか。お前さんの物差しで測んなよ。永遠に年を取らないとか、代替わりしているとか、色んな可能性があるだろうが」
「は、はあ……」
「分かったか?」
「じ、実際のところはどうなのですか?」
「そりゃああれだ」
「?」
伊那と名乗った少女は自分の口元に人差し指を当てる。
「機密事項だ」
「えっ⁉」
「そんなもん、簡単に教えるわけねえだろうが」
「は、はあ、そうですか……」
「それで何の用だっけ?」
「わ、我々は『九の会』は、生まれ育ったこの九州の未来を真剣に憂い、この争い合う現状を一刻も早く平定しなければならないと日頃から考えており……」
「……長い」
伊那が耳の穴をいじりながら呟く。
「はい?」
「真面目かよ、お前さんの話は退屈でしょうがねえ」
「そ、そんな……」
「さっさと本題に入れよ」
「え、えっと……」
「鍋釜、ここは任せるばい」
「浮草……」
「御神楽さま、どうぞ貴女さまのお力をお貸し下さい!」
浮草が跪いて、頭を恭しく下げる
「……やだ」
「ええっ⁉」
「なんか違うんだよなあ……」
「な、なんか違うって……」
「浮草、代わるでごわす」
「南郷……」
南郷が跪く。
「御神楽さま、どうぞお力をお貸し下さい……」
「……」
「これはつまらないものですが……」
南郷がどこからか箱を取り出して、伊那に差し出す。
「……これは?」
「鹿児島名物、サツマイモスイーツの盛り合わせでございます……」
「よし、力を貸してやろう」
「えええっ⁉」
「そ、そんな……」
鍋釜が驚き、浮草が絶句する。南郷はうんうんと頷く。
「念のため持参しておいて良かったでごわす……」
「なかなか気が利くやつだな、お前さん……ん?」
「ご主人様!」
形代が慌てて戻ってくる。
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