「どうかしたのですか?」
「いや、まさか……む!」
無双が横っ腹に攻撃を喰らい、吹っ飛んで壁にめり込む。
「先生!」
「だ、誰⁉ まったく見えへんかった!」
「フシュルルル……」
「!」
万星たちの前に大きな鬼が立ちはだかっていた。手には巨大な金棒を持っている。
「デ、デカいな……」
「これも課外授業なん?」
「あ、先生!」
壁から抜けた無双がゆっくりと歩きながら呟く。
「……これはいわゆるひとつの『計算外』やね」
「え⁉ け、計算外⁉ どういうことやねん!」
「どうもこうもないがな……」
「え……」
「全員逃げろ!」
「……」
「………」
「…………」
無双が呼びかけるが、万星たちは一歩も動かない。
「なっ⁉ なにをしておるんや!」
「先生、もしもですが……」
「ウチらがこいつをいてこましたら……」
「オレら“落ちこぼれ”返上出来るんとちゃう?」
「! 今はそんなことを言っている場合じゃ……」
「とはいえ、こいつをこのままにしとくわけにもいかんやろ!」
万星が鬼を指差す。無双は頷く。
「まあ、それはそうやな……」
「よっしゃ、決まりや! 百羅、八綺! 鬼退治やで!」
「……君が仕切るな」
「なんやと……⁉」
万星と八綺が睨み合う。百羅が慌てる。
「こんなときに犬猿の仲を遺憾なく発揮すんなや! 雉のお姉さんの言うこと聞きや!」
「フシュルルルル……」
鬼が金棒を大きく振り上げる。百羅が叫ぶ。
「あの金棒喰らったら、ひとたまりもないで!」
「どうする⁉」
「こうするんや!」
「⁉」
百羅が氷の弾を連続して放ち、鬼の右腕を金棒ごと凍らせてしまう。
「よし! これで金棒は使えへん!」
「フシュルルル!」
鬼が大きな足で百羅たちを踏みつぶそうとする。万星が声を上げる。
「ヤ、ヤバいで!」
「くっ! そうはさせない!」
「‼」
八綺が強風を巻き起こす。風をその巨体にまともに受けた鬼が体勢を崩す。
「よし! 今だ!」
「言われんでも分かってる!」
「だからケンカやめーや! ……ん⁉」
「それっ!」
「おっしゃあ!」
百羅は驚いた。八綺と万星が連携をとったからである。八綺が起こした突風に乗って、万星が空高く舞い上がり、鬼の頭上に到達する。
「フシュル⁉」
「喰らえや!」
「ゴハッ!」
万星は右腕の拳に雷を帯びさせ、鬼の脳天に叩き込んだ。鬼はたまらず崩れ落ちる。
「よっしゃあ!」
「うむ!」
万星が八綺の近くに降り立つ。二人は顔を逸らす。
「ちっ……」
「ふん……」
「やったなあ!」
「ぐおっ!」
「ごふっ!」
百羅が思い切り二人に抱き着く。それはほとんどエルボーアタックであり、二人は倒れる。
「あ、ご、ごめん……」
「な、なんやねん!」
万星が起き上がって文句を言う。
「い、いや、嬉しくて……“落ちこぼれ”でもやれば出来るんやって……」
「そ。それはな……!」
「フシュルルルルルル!」
鬼が再び立ち上がる。
「そ、そんなアホな! 手ごたえはあったで!」
「また同じことをやれというのか……」
「いや、さすがに力の消耗がエグいって……」
八綺と百羅が顔をしかめる。
「……皆ようやった、後はわてに任せとき」
「先生! 大丈夫なんか⁉」
「フシュルルル‼」
「ふん!」
「グハッ⁉」
「ええ⁉」
無双の目が見開いたかと思うと、鬼の巨体は消滅していた。無双は目を細め、呟く。
「“エリート”では不十分と思っていたが、“落ちこぼれ”がそれを補ってくれるとはね……」
「先生?」
「ああ、八百万トリオもしくは綺羅星トリオ、これからよろしくな」
「いや、ひとまとめにすんな!」
――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――
日本は十の道州と二つの特別区に別れた。
十の道州の内の一つ、関西州は他の勢力からよく狙われた。大阪・京都・神戸という大都市を抱えていたからである。
彼らはある時期から突然変異的に誕生した不思議な力を持つ者たちを『陰陽師』と称し、州の防衛に当たらせた、彼らの繰り出す不思議な術――例えば国境を守る堅い結界――は安全に大きく寄与した。そんな陰陽師でもとりわけ優秀な男がついに信頼出来る教え子たちに巡り合った。
陰陽師の彼は後進育成が防衛につながると考え教職を選んだ。
優秀過ぎるが故に周囲と無用な軋轢を度々起こしてしまう。
若者とのコミュニケーションも悩みの種。
細い目を見開いたとき、対峙する相手は闇に覆われるという。
『理の外の陰陽師』
志渡布無双
賑やかな街から静かに歩き出す。
最後に笑うのは誰だ。
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