魔法少女の育成戦記

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第八話 瑞羽の存在

公開日時: 2020年9月14日(月) 19:11
文字数:3,102

 生徒たちが抱いているアルへの疑心暗鬼は、どんどん膨れ上がっていた。

 きっかけは、他クラスの生徒による指摘であった。


 新入生たちは魔法使いに対して、多大なる期待を抱いて入学している。全員の最終目標は、マギステルとなることだろう。

 そのため、新入生たちはどうにかしてマギステルに近づけるべく、彼らの情報をできるだけ集めようとする。

 まず最初に注目されるのは、生徒会副会長でもある柊刀華だ。

 彼女の経歴は人助けに特化しており、その凄まじいほどの戦闘力は誰もが認める実力である。

 とはいえ、そこは魔法使い。ある程度の戦闘に関するデータや魔法は公開されているものの、重要な部分は秘匿されている。

 だがイメージしやすいタイプの魔法使いだ。


 そして次は、白髮の青年だった。体格が弱々しく見えるため、少年に見られなくもない。

 彼は魔法の解析専門の魔法使い。あらゆる魔法を瞬時に解析することで、相手の魔法を操ることも消滅させることもできる。

 解析士は滅多に見られるものではなく、マギステルならではの実力に沿った技術と言えよう。イメージそのものは単純だが、簡単に真似できるものではない。


 それから順次調べていくと、最後はアルになる。ここまでくるとこれまでのマギステルがすごかったこともあり、あまり期待しないまま検索をかける。Fクラス担当というだけで関心が低くなる先入観も相当なものだ。

 その結果、なんの情報にも引っかからない。

 彼らは、アルの人格どころか実力も知らない。情報がないのは、載せるほどの情報がないから隠しているんだと勘ぐった。


「お前らのクラスって、ちゃんと存在してんのか?」

「ていうか、担当はホントにマギステルなのかよ」


 自分たちのマギステルの偉大さを理解したつもりでいる彼らは、理解できない相手を卑下することで、将来性の高さを誇示していた。

 真っ先に反応したのは智景だった。自分もアルのことを調べて同じことを思ったため、反論できない現状に余計にイラついている。

 続いて瑞羽だ。大好きな先生の悪口を言われていることに、心を傷つけていた。

 加えて、現在進行形で行っている訓練が決め手だった。限界まで走った後に、魔力コントロールの練習をしているだけ。内容のレベルは上がっているものの、成長の実感や面白味がまったくなかった。

 他のクラスからは、マギステルとの模擬戦を行っていると自慢されている。


 アルは行わなかったが、通常、最初の実技授業では、マギステルと生徒の模擬戦をすることが多い。

 実は一種の通過儀礼と化しているほど。魔法に触れ、マギステルの実力を間近で見せることで、期待とやる気を持たせる腹案だ。


「右手…………左足…………エリーゼ、少し遅れてるぞ。次は左手と右足同時」


 体内の魔力操作の訓練を始めてから、一週間が経とうとしている。今では立ったままコントロールを行っていた。

 智景が一番にコントロールをものにし、瑞羽もそれに続いて目まぐるしい速度で成長していた。エリーゼはこの二人に比べてやや劣っているものの、最初に比べたらずいぶんと良くなっている。


「御柳は最初からだったけど、瑞羽とアクアもすごいぞ。魔力分担も正確に早くできている」

「ウチやっぱり苦手」

「エリーゼもだいぶ良くなっているわよ。自信を持ちなさい」


 毎回ではないが、楓恋も積極的に参加している。フォローや助言が、アルと同じくらいに的確だった。


「エリーゼは他と比べて、魔力量が圧倒的に多いからな。コントロールが難しいのはしょうがないさ」


 つまりは宝の持ち腐れ状態。

 しかし潜在能力という点で年少組が遙かに上回っているのは、この場にいる誰もが感じ取っている。


 確かに成長は間違いなくしている。もともとの基礎レベルが低いからこそ実感ができているのだと、生徒たちはそう判断していた。

 ここまでは、何かしらの教科書に記載されている程度の内容だ。つまり、この方法では限界がある。まだ諦める段階ではないものの、何回も裏切られた期待はもう戻ってはこなかった。


「おっと、そろそろお昼だな。今日はちょっと早いけどここまでにしよう。一週間文句言わずにつまらない訓練をやり遂げた君たちに、俺からのご褒美がある」


 ご褒美、というフレーズに、幼い瑞羽は目をキラキラさせた。中身に期待しているわけではなく、ほぼ無意識である。

 しかし他は、何にも期待していない。


「とりあえずお昼を食べに行こうか。もちろん俺の奢りだ。君たちの外出許可はすでに取ってあるから心配しなくていい。汗を流したら校門前に集合な」


 正直なところ、智景はみんなと食事をするという気分ではなかった。かといって、年長が協調性を欠くわけにもいかない。

 それを分かっていてアルは提案しているのだと、何度目かも分からないイラつきを覚える。


「アクアちゃん、一緒に行こ」


 瑞羽がおずおずとアクアを誘う。アクアの様子を伺っている部分は見られるが、緊張や遠慮はない。瑞羽は時折、こうしてアクアを誘うことがあった。

 昼食時や下校時に頻繁にしていたが、毎回ではない。アクアからしたら絶妙なタイミングで誘っているようだった。

 だから瑞羽は、今までに誘いを断られたことがなかった。


「うん」


 小さいながらも、しっかりと瑞羽に答える。

 最初に「アクアさん」と呼んでいた瑞羽に、「さんはいらない」と言ったのもアクア本人だった。

 心を開いているとまではいかなくとも、子どもである純粋な心は失っていない。瑞羽の無邪気な心に感化されかけているのかもしれなかった。


「まだまだ先行きが不安ですね」


 生徒たちがいなくなると、楓恋がすぐに切り出した。


「御柳の焦りが異常なんだよなあ。それにアクアだ。本当はエリーゼくらいの実力を持っているはずなのに、魔法を使うことを恐れている」

「瑞羽の純粋さが薄れてしまえば、このクラスは崩壊してしまうような気がします」


 智景は、瑞羽がいるからなんとか協調性を繋ぎ止めている。

 アクアは、瑞羽のおかげでわずかでも感情の起伏を見せている。

 エリーゼは、瑞羽のおかげで暗い中でも陽気に振舞えている。


「彼女たちの疑心は理解している。俺の実力を見せつけるのは簡単だ。だけどそれでは、単なる羨望にしかならない。力を追い求める理由をちゃんと持ってほしい」

「かつてあなたが失敗したことを、あの子たちにもさせたくないんですね。昔のアルは、ただ力だけを求めていましたから」


 瑞羽のように、興味や知る楽しみから魔法を学ぶのは問題ない。純粋こそが純粋な力を得られ、自分を見失わずに済む。現代ではとても稀有な存在だ。年齢のおかげなだけではない。


「彼女たちは自分たちの身を守り、いずれは誰かを守るために戦うだろう。その時に、自分を見失ってはいけない。現実と理想を理解してもらわないと」

「そのための課外授業ですか。あの方もその手助けとしてあなたに任務を託したのかもしれませんが、私はあまり賛成したくありません」


「君は心配性だからね。でも、彼女たちの疑心を解き、現実を知って自分を見つめなおしてもらうにはこれが一番なんだ」


 早すぎる。

 厳しい現実を知るには彼女たちは若く、未熟だ。しかし楓恋は反論できなかった。

 自分でも言ったように、瑞羽の純粋さが失われたら終わりだ。そしてそれは、悠長に構えていられるほど長くはない。


「あの子は人の心に敏感だ。だからこそアクアと打ち解けつつある。俺の役目は、彼女たちをストレスから解放することじゃない。正しい道を示すことだ。大丈夫。俺が必ず守るよ」


 アルは首元の白いチョーカーを撫でながら、自身の覚悟を口にする。

 楓恋は、左手中指に嵌っている指輪ごと指を握りしめながら答えた。


「そうですね。あの子たちの心なら、きっと」 

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