魔法少女の育成戦記

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第九話 マギステル

公開日時: 2020年9月15日(火) 23:32
文字数:4,794

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 学院から三十分ほどバスで移動すると、大きな町に辿り着く。

 現代のバスを含めた車は魔粒子を燃料として動いているため、環境に優しい設計となっている。

 無限にもあるエネルギーを使っていることもそうだが、重要なのは、『排出』ではなく『展開』している点だ。つまりは魔法である。


 魔法使いが身体を浮かして移動する『浮遊魔法』とは、自己の重力を操ることで身体を浮かせ、空気を操ることで加速を生んでいる。

 要するに、重力魔法が得意であればどこまでも高く飛べ、空気を操る物体浮遊魔法に長けていれば、それだけ速く移動することが可能となる。

 そしてその技術を、現代の車にも取り入れていた。

 魔法の発動は、プログラムに通ずる部分がある。

 アクセルを踏むことでコマンドが入力され、ブレーキを踏むことで遮断する。こうすることで、タイヤいらずの滑空する車を完成させていた。


 今も昔も都会は見た目こそ変われど、中身は車ほど変わっていない。

 喧騒と雑踏が目と耳を奪い、無理矢理にでもテンションを上げられてしまう。

 パッと見で魔法使いだと思える人は、実はそれほどいない。

 聖学院のような任務が中心の学校は少ないため、ほとんどが普通に学校へ通って帰り道で寄り道をしている程度だった。

 だから黒で全身を覆っているアルは、尋常でなく浮いていた。周りと極端に違うだけで非常識だと思われてしまうのが世の中だ。年頃の女の子たちからしたら、一緒に歩くのは少し居心地が悪い。

 それでも彼女たちは、慣れるために努力した。

 涙ぐましいことに、その努力の方向が、食べることで気を紛らわすものだったのである。


「ウチ、もう食べ物を見たくない」

「…………少し食べすぎました」

「最後のプリンおいしかったね!」

「うん」


 普段食べる昼食の量の倍は食べたのではないかというぐらい、全員がバイキングを満喫していた。

 女の子は甘いものが好き。おやつは別腹と言うが、全種類のケーキを二週くらいしていたのには、さすがのアルも驚きを隠せない。


「俺も満足だぜぃ」


 図々しくも参加してきた焔も、アルのご馳走になっていた。

 “まとも”な人間からしたら、焔は少々近寄りがたいキャラである。

 アルと楓恋の知り合いがこんなチャラチャラしていた人だとは、誰も思わなかったのだろう。

 智景とエリーゼの顔が若干引きつっていたのは、アルと楓恋の記憶に新しい。


「君たち、けっこう食べるんだね。特に御柳は体重を気にするタイプだと思ってたけど」


 終始涼しい顔をしながら、智景が何度もケーキを取りに行っていたことが印象に残っていた。

 あれは、つい手が伸びたとかいうレベルではない。日頃のストレスがそれほど溜まっていた証拠なのかもしれない。

 そんな微笑ましい光景を守るため、からかおうとしていた焔を楓恋が必死に止めていたのが印象的だ。


「い、いえっ。普段はそんなに食べません。今日は特別です!」


 珍しく狼狽してみせた。その当たり前の感情を前に、アルと楓恋は少し安心する。


「アル。デリカシーがなさすぎです」

「…………すまん」

「楓恋で少しは成長しろよ」

「うるさい。俺に女の子は難しすぎる」

「だいたい、アルヴェルト先生はどこでもその恰好なんですか?」


 わずかに赤くなった顔を誤魔化すためか、智景が珍しく話しかける。

 同じ魔法使いでも、焔は白のタンクトップに柄物のシャツを羽織っているだけ。

 楓恋は、黒のパンツにピンクの可愛らしいシャツと黒のジャケットである。年頃の女の子としては少々硬めだが、一般的な服装だ。

 どこか、アルと同じで黒が印象的なのは気のせいだろう。


「いつ戦闘になるか分からない世の中だからな。聖学院に入ったんだから、そのくらいの警戒は必要だぞ。焔は自由すぎるんだ」

「確かに自由な印象は受けますけど…………」

「ええっ、町の中で襲われちゃうの!?」

「さすがにそれは警戒し過ぎやない? マギステルの先輩ならそんな服着てなくてもなんとかなりそうやし」

「オーバー」


 アクアまでもが乗ってくる。焔の力は絶大だった。


「君たち、けっこう言いたい放題だね。っと、そろそろ向かわないと危ないな。移動しながら説明するから、とりあえずこれに乗ってくれ」


 アルがマントをはためかせると、セラミック加工をしたかのように硬くなる。面積が四帖分くらいに拡大していた。


「このマントは、魔力で伸縮硬軟が自由自在にできるんだ。この格好にもちゃんと意味があっただろ?」

「そんなこと言っている場合なんですか? さ、みんな早く乗って。バランスは考えなくていいわよ」

「お前の背中に乗るのも久しぶりだな」


 マントの上に足を乗せると、不思議と身体のバランスが保たれる。単に土台がしっかりしているだけなわけではない。


「すごい…………私たちが落ちないように、このマント全体を重力コントロールしているわ」


 初めてアルの魔法を目の当たりにする。智景の眼には、風、熱、重力を操るようにそれぞれ命令された三つの魔粒子による層が視えていた。

 しかも命令によって魔粒子が発する色も異なっていて、さらに精度を上げて視れば、魔粒子の動きや状態もそれぞれ違っている。

 智景の眼ではそこまで視ることができない。


「そういうこと。どこにも掴まる必要はない。飛ぶぞ」


 アルはさながらスーパーマンのように、大きなマントを背に初速から全力で飛ばした。

 そんな勢いにも関わらず、マントの上は揺れが起きないどころか、風も一切入ってこない快適な空間を維持している。

 さまざまな術式が幾重いくえにも組み込まれた防壁を展開しながら、新幹線以上の速度で飛んでいるのだった。


 だが、基本的に魔法使いは自由に空を飛んではいけない。

 今も昔も航空法なるものが定められており、一定レベルを超えた魔法使いがフライトプランを提出し、決められたルートに従って飛ばなければならない。だから車が浮いているとは言っても、地面から数センチ程度である。

 浮遊魔法とは、重力魔法+気流の操作を完璧なまでに安定させて完成するもの。

 誰でも自由に行えば、衝突事故を含めた惨事が多発することだろう。

 当然、マギステルは例外である。


「説明しながらとは言ったけど、もう着いてしまったな。仕方がないからここで説明しよう」


 生徒たちが驚いている間に着いた先は、先ほどまでいた繁華街のすぐ近くにあるビル群の一角。

 繁華街とこの場所を挟んだところには、全長三百メートルほどの緑豊かな公園がある。散歩コースとして利用する人が多い。

 真下では、魔法局が慌ただしく動きまわっていた。


「うわ、魔法局員がたくさんおるね」

「…………立て篭もりみたい」

「アクアちゃん、耳がいいんだね! みずはにはガヤガヤってしか聞こえないよ」

「アルヴェルト先生はご存知だったのですか?」


 八つの純粋な瞳がアルを見つめる。疑心ではなく、興味心だ。

 焔は隅っこで、腕を頭の下に組んで寝ていた。


「まあな。政府には未来を知る方法があるんだ。漠然としたものだけどね。これはトップシークレットの内容だから秘密だぞ」


 こういうことを言われて、あからさまな緊張を見せるのは瑞羽だ。

 両手で自分の口を覆い、コクコクと頷いてみせる。


「大丈夫よ。一般人には秘密にされているけど、政府関係者のだいたいは知っていることだから」

「事件を予知された理由は分かりましたが、私たちもここに連れてきてくださったということは、アルヴェルト先生が立て篭もり犯を捉えるところを見せてくださるのですね?」

「そういうことになるね」


 妙な言い方をする。

 瑞羽は目を輝かせているが、他のメンバーは疑問に思う。

 ここまでアルは、意地でもと言っていいほど魔法を披露することはなかった。実践で見せたほうが効率がいいと思ったのか。

 アルの考えを、欠片も予想することができないでいた。


「さて、彼らが強行突入をする前に介入するとしよう」


 アルたちは垂直に下降する。

 魔法局員と野次馬でごった返している中心に降りたものだから、アルたちは一斉に注目を浴びた。


「なんだね君たちは!」


 魔法局、いわゆる治安を守る魔法使いたちの一人がアルに詰め寄った。

 とても俊敏な動きができるとは思えない、官僚タイプのふくよかな体型である。すでに額には汗がびっしりだ。


「聖学院のマギステルだ。状況の説明を要求する」

「マギステルだと!?」


 目の前の男だけでなく、周りにいる魔法局員の若者たちにまで動揺が波及した。

 この辺に住んでいる者たちなら誰もが知っている。

 特に魔法局では、マギステルがいたら積極的に協力してもらえとまで命じられているほどだ。


 理由は二つ。

 一つは単純に、どんな事件も解決に導いてくれる手腕があるからだ。

 総合評価の高いマギステルは、魔法の実力だけでなく頭脳も明晰である。

 もう一つは、マギステルを恐れてのことだった。マギステルは政府の直轄でもある。

 人格破綻者がいないことでは有名であるが、敵に回してはいけない相手であるため、解決できるならしてもらえ。プライドなんて、マギステルの前では霞むと思えと、マギステルの制度が生まれた時から覚え込まされていた。


「くっ…………犯人の人数は――――」

「それは把握している。聞いているのは、今に至るまでの経緯とどんな対策を考えているかだ」


 普段は礼儀正しく温厚なアルだが、目上に対して珍しく上からの物言いをする。

 生徒たちはあまりの豹変に驚くも、アルはお構いなしだ。


「分かってるだと? 今来たばかりだろ!」

「敵の数は十二人。全員銃火器を装備している。魔法使いではないな。これ以上聞きたければ他のやつを呼べ。時間の無駄だ」


 アルの有無を言わさぬ態度に、男は汗を噴きだしながら尻込みする。事件の状況よりも緊張していた。


「も、申し訳ない。あなたのおっしゃるとおり、十二人の武装集団が占拠しています。中の映像が確認できるため、タイミングをみて突入するつもりです」


 男が出した映像は、複数の男が見回りに徘徊しているところと、ドアの前で見張りをしている場面である。

 どちらも隙がなく、訓練された機敏な動きと佇まいを見せていた。


「人質がいるのは分かっている。それも相当な人数だ。しかも構造的に考えると、どんなにうまく突入しても、やつら相手ではよほどの実力がなければ人質に害が及ぶ。その辺はどうするつもりだ?」


 アルは差し出された映像を奪い取り、建物内の構造を頭に叩き込みながら質問する。


「そ、それは……その…………」

「やはり魔法局だぜぃ」


 昨今の魔法局は、多少の犠牲をやむなしと考えるところがある。

 魔法使いが敵である場合が多いことから、準備期間を与えないために迅速な行動を信条としているのだ。

 今回の相手に魔法使いがいないとはいえ、このやり方が当たり前だと思っている魔法局の判断が変わることはない。


「もういい。俺が突入するからお前たちは邪魔をするな」

「ま、待て! 勝手なことは許さんぞ!」

「誰が許さないんだ?」


 アルは目つき一つで、身体が抑え込まれるような威圧を与える。この場でマギステルを止められる者など、どこにいようか。

 智景はその姿と気迫を肌で感じ、戦慄した。

 智景がアルを信頼していなかった一番の理由は、高位の魔法使い特有の威圧感がなかったことだった。

 迫力と置き換えてもいいその気迫が、普段のアルからは一片も感じなかったのである。


「無能なお偉いさんは下がってたほうが身のためだぜぃ」


 魔法局が少数犠牲をいとわないと知っているからこそ、ワンマンプレイでの解決を即断したのだった。


「楓恋。この子たちに俺の解説をしてやってくれ」

「俺がやってやるよ。人質がいるなら、俺はいないほうがいいだろ?」

「…………楓恋、焔が余計なことを言わないように見張っててくれ」

「はあ、分かりました」


 これから渦中に飛び込むというのに、まさか身内のほうでも心配しなければならないとはと、アルは勢いを削がれる。

 しかしすぐに目つきを戻し、楓恋の耳元で何かを囁くと、合図もなしに正面から飛び込んだ。

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