魔法少女の育成戦記

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第一話 特別魔法使いクラス 前

公開日時: 2020年9月12日(土) 18:32
文字数:4,036

 魔法。


 昔はどこを歩いていても必ず科学が目に入ったものだが、今では、魔法の産物としか考えられない現象がどこにでも現れていた。


 例えば、学院の廊下。

 廊下を照らしているのは電気だが、壁には防音の結界がそこかしこに張り巡らされている。

  一部の魔法使いの目から見たら、多量の魔法陣が乱雑に張り付けられていることが分かる。電気の数よりも圧倒的に多い。

 街に出れば、昔に使われていた機器、テレビの代わりに宙に浮いた映像があちこちで宣伝を流していることだろう。


 『魔科学』が台頭してきた今、科学のみの技術は廃れ始めてきている。

 実験の対象、科学の発展には、必ず魔法が関わっていた。

 あとは科学と魔法、どちらの効率がいいかというだけの問題である。

 防音ならわずかな音も漏らさない魔法であり、照明なら、定期的に魔力を放出する手間を省ける科学である。

 電気の取り替えは、魔法を用いればさほど手間にはならない。


「よう、ご就任おめでとうございます。先生?」


 任務を終えたアルヴィレオ・ラクウェル(通称アル)が学院に帰還すると、金髪をツンツンに逆立てたサングラスの男が正門で待ち構えていた。

 両耳のピアスに十字架のネックレスと、風貌はどこぞのチンピラにしか見えない。


 広大な敷地に見合う巨大な門。そんな規模のわりに、門番は一人しかいない。その一人も頬杖をつきながらこちらを眺めているだけで、やる気の欠片も感じられない。

 それもそのはず、日本屈指のこの学院に侵入できるほどの魔法使いならば、門番なんて意味をなすはずがない。


ほむら…………だったら分かるだろ? 俺は少し気が立っているんだ」

「女の子達に囲まれる羨ましい立場だぜぃ。機嫌が悪くなる理由が思い当たらねえなあ」


 焔と呼ばれる青年は、にやにやとしたいやらしい笑みを隠さない。

 サングラスをしていても、その表情を一片も隠せてはいなかった。


「うん? ああ、やっと配属先が決まったのか」


 マギステルの拝命と同時に教師になることは決まっていたものの、他のクラスと違い、担当先までが即決まることはなかった。

 暇潰し程度に命じられた任務で予想外の事態と、都合よく振り回されている現状にイラついていたところの知らせ。

 待っていましたと言うべきか、アルは少し迷う素振りを見せる。


「心中お察しするぜぃ。ここまで待たされたんだからな。いい予感がしないのは当たり前か」

「…………いや、お前が俺の帰りを待ってまで知らせに来たからな」

「ククク、まあ正解だ。お前にはお似合いの“異常”なクラスだぜぃ」


 入学式はとうに終えている。九割以上の学生は、とっくにクラスに馴染んでいる頃だろう。

 当然である。入学式から半月が経とうとしているのだから。この時点で、充分“異常”と言えよう。


「ランクは?」


 魔法使いにはランクが定められている。

 そして魔法使い以外でも、たいていのものにはランク付けがされている。クラスも例外ではない。


「聞いて驚くなよ?」


 焔は何かを言うたびに、どんどんにやにやが増していた。見ていてだいぶ気持ち悪い。


「もう何を聞いても驚かないよ」


 最下位であっても今さら驚きはしない。むしろそのほうが納得だ。


「『特別魔法使とくべつまほうつかいクラス』だ」

「………………そうか。なら『Fランク』だな」


 今は懐かしき、聞き慣れた名称であった。

 最下位のFとは名ばかりの、かつては“異常”の代名詞とも言われていたクラスである。


「俺が選ばれた時点でそんな気はしていたよ」

「かつて俺たちがいたクラスだからな。複雑な心境か?」

「そうでもないさ。まともなクラスだったほうが俺は自分の耳を疑っていたね。異常こそが俺に合っている」

「それはけっこう。だが、驚くべき事実はその先にあるぜぃ」


 妙にもったいぶる焔だが、さすがにもう驚くことはないだろうと、アルは適当に流そうとする態度を見せる。

 先ほどの情報は、ある程度予想できたこと。そして次に発せられた情報は、予想できなかったことだった。


「生徒が全員女の子だと聞いても、まだそんな澄ました顔ができるか?」

「………………………………………………まあ、“異常”だな」


 驚きを通り越して呆れてしまう。

 人数が少ないだけでも注目を浴びてしまうのに、全員が女の子となればより注目されてしまうだろう。

 アルたちの時よりも酷かった。アルこそ、彼女たちの心中を察せずにはいられない。


「七歳の子がいてこれは、ちょい可哀想だな」

「七歳の生徒がいるのか!? いや、七歳の子がこの学院にいることはおかしくないが、その子まで俺のクラスだなんて…………これから何回“異常”というワードを呟くことになるのか」


 魔法を学ぶのに年齢は関係ない。

 学力よりも実践が主な有名校だと、小・中・高・大の学校が一纏めにされている。

 ゆえに、潜在力テストを突破した二十歳までなら、誰でも入学できる。


 魔法が発達した影響で、魔法と科学が合わさった『魔科学』としてより便利になり、環境破壊の促進を押さえることができた反面、若いころから任務の日々といった厳しい現実も一部で見せていた。

 表向きは平和な日常。

 しかし、大勢の人が認知していないところでは、争いの絶えない世界となっていた。七歳には過酷過ぎる環境である。


「この学院は実践がすべてだからな。クラス単位で任務に赴くことは当たり前だ。お前さんが引率するのは当然だが、小学生を連れてってのは、ハイキングか何かだと敵も勘違いするだろうぜぃ。だがまあ、いいんじゃねえか? そのほうがお前らしい」

「俺もそう思うよ。さて、そろそろ俺の生徒たちを見に行くとするか。お前がすでに知っているってことは、掲示板に貼り出されてるんだろ?」


 当然、掲示の前にアルへも直接メールが送られている。

 普段アルにメールを送る人がいないため、アルにはメールを確認する癖がない。


「任務は大丈夫だったのか?」

「おいおい。俺を心配してるのか?」

「政府がお前を指名しての任務だからな。ちょい気になっただけだ」

「実害があるまでは放っておくさ。なんたって、俺は今日から先生になるんだからな」

「とりあえず、手は出すなよ?」

「お前が担当じゃなくて良かったと思うよ」


 冷静な対応を見せたアルをつまらないとでも言うように、焔はアルが真横を通ると、音もなく姿を消した。

 アルは焔の去った気配を確認すると、歩きながら思考を再開する。

 彼女たちはすでにクラスに集まっているはず。

 メールを確認すると、通達は任務に出掛けた直後(早朝)に送られている。数時間は待たせてしまっていることだろう。


 クラス決めというのは、当事者たちからしたら入学式よりも一大イベントに違いない。そんな彼女たちが喜々としてクラスに入ると、年齢もバラバラな女の子が自分も含めて四人だけ。これでは幸先不安なものとなってしまっているはずだ。

 そもそも、入学式から二週間も経ってから配属されているのだから、心中穏やかでないのは想像に難くない。


 アルは女の子の扱いがすごく苦手である。

 実際のところ、不安に駆られている彼女たちを安心させる自信はなかった。だからそんなことよりも、少しポジティブに考える。

 彼女たちの魔法の実力はどうなのだろう。七歳の子は、どんな気持ちで入学してきたのだろうと、未来ある子どもたちの可能性を楽しみにしていた。

 この世界では、若くして命を落とすことも少なくない。それを“守る”のがアルの役目。

 アルは道中そんなことを考え、肝に銘じる。

 そして教室の前に着くと、いつも身につけている真っ白なチョーカーを一撫でして、緊張した素振りも見せずに扉を開けた。


「みんなおはよう。随分と待たせてしまって申し訳ない」


 できるだけ快活に、アルは精一杯の明るさを表現しながら教壇に立った。任務があったという言い訳は口にしない。


 教室内は、白を基準とした清潔感溢れる造りとなっている。

 地面は明るい緑色で、壁と椅子、机は真っ白。昼は太陽で暖かくなり、夜でも月の光でテカテカになるぐらいにツヤがある。

 落書きをしようものなら、目立ってしまうのは避けられない。もっとも、汚れを落とす魔法が業者によって定期的にかけられるため、ひと月も経てば新品に逆戻りとなる。


 そんな一点の曇りもない部屋の中にいる、四人の女の子たち。

 彼女たちの心が非常に澄んでいるというのは、アルの目には明らかだった。

 経験豊富なアルぐらいにもなれば、目を見ればその人の本質が分かる。


「遅くなってしまったけど、まずは入学おめでとう。いろいろ言う前に、とりあえず自己紹介から始めようか」


 アルは後ろを向いて、スクリーンに人差し指をかざす。

 黒板なんてものはなく、チョークもマジックペンも見当たらない。

 空気中に漂う『魔粒子まりゅうし』と呼ばれる粒子を指先に集中させて、自分の名前をスクリーンに書いていく。


 魔粒子とは、人々の内に眠る魔力の濃度を薄めた物質のことを指す。


 発生当時、口から、鼻から、皮膚からと、人は自然と身の内に吸収してしまった。

 身体の中に集まった粒子が化学反応のような不可解な現象を起こして、自然と魔力を身に着けてしまったのが始まりである。

 一時は有害かもしれないということで人々は嫌悪して恐れていたものの、それが無害どころか便利なものだと分かった途端、魔法発達に力を入れ始めたのが『魔科学』発展のきっかけだった。いつの世も、人間とは現金なものである。


 そして黒板の代わりに設置されているスクリーンは、魔粒子に反応して文字が書き込めるようになっている。

 かつて磁石で文字の書けるボードがあったが、それによく似ていた。


「俺はアルヴェルト・ラクウェル。アルヴェルトって長いから、好きに呼んでもらってかまわないよ。親しい人にはアルと呼ばれている。君たちの担任とは言っても、『予科生よかせい』と『本科生ほんかせい』の違いだけで同じ生徒だ。任務の時に俺の言うことを聞いてくれれば、他は友達感覚で接してくれてかまわないよ」


 できるだけ威圧感を与えないように、あくまでフレンドリーに接するように心がける。


「とりあえず、年長の君から自己紹介をしてもらおうかな」


長いので分割させていただきます。

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