「沈め」
サラサラとした砂だけが巻き上がる中、指揮者が演奏を止めているかのように青年が腕を広げると、武装した多くの者が地面に突っ伏した。
彼らは今、通常の何倍もする重力を背負わされている。
内臓ごと身体を圧迫され、指一つ動かすことができないでいた。
戦車もペラペラにプレスされており、異なる重力をそれぞれに背負わせていた。
「マギステルのアルヴェルト・ラクウェルだ。殲滅が完了した」
『ご苦労。捕縛した後、速やかに帰還せよ』
フードのない黒いローブを纏った青年は、目の前に浮かぶ半透明のパネルに向かって声をかけた。
画面には『Voice only』と表示されており、音声だけのやり取りとなっている。
「了解した」
凛とした女性の声を確認すると、青年は手を軽く振るうだけでパネルを霧散させる。
首元にある白いチョーカーを一撫でして、青年は体内の魔力から空気中に漂う魔粒子へと、『重力魔法』の解除を命令する。
そしてすぐさま、輪っかで彼らの手足を縛った。
自分以外が地に伏せている光景を眺めながら、青年はふと考える。
今回の任務は、魔法不得意者たちが画策していた反乱の阻止。
『科学』の衣を破った現在の地球には、『魔科学』と呼ばれる分野が発達していた。『魔力』という不可思議なエネルギーが人の身体の内に宿るようになり、現代では、もはや身体の一部と化している。
しかし、運動や勉強が不得手な者がいるのと同じで、魔法の不得手者も数多く存在する。
才能のない者は淘汰されてしまうのが現実だ。
そんな世の中に対抗するために、科学に頼った兵器で反乱を起こす。
魔法発達の影響で科学の発達も爆発的に伸びているため、政府が無視できないほどにまで勢力を広げつつあった。
とはいえ、ある程度魔法の技術に長けている者からしたら、今回のように軽く魔力を操作するだけで鎮圧できる程度のもの。
【マギステル】である青年が出向くほどではない。
【マギステル】とは、高位の中でもさらに特別な魔法使いに与えられる称号だ。
政府の手足でもある彼らは、政府の命で任務を遂行する。
つまり青年が駆り出されたということは、政府が彼らに対して危機感を抱いたということになる。
命を受けた時から疑問ではあったが、それほどの相手なのだろうかと、現地に出向いた青年は不思議に思った。
倒れている一人に声をかけようとしたところで、突如として現れた気配に気づく。
半径数キロは何もない砂漠の真ん中で、不可解と思えるほどの出現の仕方であった。
「誰だ!」とは叫ばず、青年は視線だけで疑問と敵意を投げかける。
「アルヴィレオ・ラクウェル。速やかに立ち去れという命令を聞いていないのか?」
フード付きの黒服を纏った男が、真っ赤に燃え盛る髪を露わにして挑発的な物言いをする。
「グラザム…………お前がここに来たということは、政府の闇が絡んでいると受け取っていいんだな?」
「俺がここにいる時点で、これは政府の管轄だと理解しろ。ただの学生は立ち去るんだな」
「勧告のわりには、殺気の隠し方が下手だな」
青年の指摘が効いたのか、グラザムは不敵な笑みを浮かべる。それが開戦の合図だった。
青年が先制攻撃を仕掛ける。
ローブの中から右手を突き出すと同時に、先の尖った白い閃光を放った。軽く自身を包み込む太さを前に、グラザムはカッと目を見開いて、青年と同じ動作で炎の渦を手から生み出した。白き閃光と紅き火炎が、個々の発する高熱によって空間を歪ませながら衝突する。衝撃で大量の砂を巻き上げ、二人の姿を隠した。青年は迷うことなく一点を目指して身体を飛ばす。そして、呪文を唱え始めた。
「『ウェニアント・トニトゥルス・クッレレ・フルグル・カエルム・ホスティス・ピアース!!
〈フラーグヴァント・トニトゥルス!!』」
心電図のように地面と天を蛇行する雷がグラザムを襲う。
青年は砂埃の中で蠢く影を一閃した――――つもりだった。
「甘い甘い甘い! そんなちゃちな雷で俺の炎の壁は貫けねえぜっ!」
グラザムからしたら挨拶程度の火炎を放射する。その攻撃を、青年は幾何学模様の円状型魔法陣で防いだ。しかしあまりの勢いに、青年は引きずる砂跡を残しながらジリジリと後退させられていく。
乾いた砂のにおいと硝煙のにおいが、一帯を不快感で包み込んでいた。
「『大気よ 空気よ 紅蓮に染まりし炎火によって焼き滅ぼせ! 〈炎火滅葬〉!!』」
グラザムの炎を押し戻しながら、青年は前方に炎の津波を発生させた。多くの砂を飲み込みながら、硝煙のにおいだけを一帯に充満させてグラザムに襲いかかる。
「はっ、この俺を相手に炎で攻めるか。馬鹿にすんじゃねえ! 『黒き巨人よ我の一翼を担え 汝を縛るはレーギャルンの匣 ヴィゾーヴニルの尾羽を用いて 大樹を照らす雄鶏を燃やせ! 〈ユグドラシルを屠る終焉の炎〉!!』
一瞬。
グラザムが呪文を唱え終えると、大地を照らす太陽と吹き抜ける風を意識させる青空を一瞬にして朱に染めた。
炎のカーテンを至る所に揺らめかせ、炎の津波すら消滅させている。
しかもこの魔法は、青年の魔法を防ぐために放ったのではない。捕まっていた武装兵士を処分するために展開したのだった。
「ぐああああああっ」
「助けてくれぇっ」
「あがあああああ!!」
地獄絵図でしかない。
圧倒的な火力。
それが、グラザムの魔法であった。
「……口封じか」
「お前をぶっ殺したいところだが、俺の任務は完了した。次の任務があるから、今回はこれぐらいで勘弁してやる」
「ふっ、お決まりのセリフだな」
あからさまな挑発に、グラザムは額に怒筋を浮かべるも、無理矢理に抑えこんで口を開く。
「ひ、暇じゃないんでな。だが覚えておけ。お前は必ず殺す。それまでせいぜい覚悟を決めておくんだな」
地面から伸びる黒い影がグラザムを覆い、音もなくその場から立ち去った。青年の感知の外へと一瞬で移動する。
そして青年は、さらに険しい顔つきになる。あの好戦的で感情的なグラザムが、挑発に乗らずに帰還を選んだ。それほどの任務がグラザムにはまだあるということになる。
それは、これから教師になる予定の青年にとって、一抹の不安を抱えざるを得ない事実であった。
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