「じゃあまずは、魔力を練り上げることから始めようか。最初は座ったほうがいいかな。壁を出すから、そこにもたれるといい」
学院の中で豊富な数ある訓練場は、即日申請でも利用できる便利な施設となっている。
有名校なだけあって、その設備も充分に完備されていた。
一辺が百メートルを超える広さを持つ何もない真っ白な空間。
背景どころか障害物まで作れる仮想シュミレーションに、下級レベルの魔法が自動で飛んでくる魔筒。
気圧や温度、風の大幅な調整機器等が用意されている。まさに文句の付けどころがない。
アルは宙に浮かぶパネルを操作すると、地面がそのまま盛り上がり、根本を締め付けて切り取れる。
切り取られるとクッションに変わり、わずかに浮いて着地すると、何度か小さくバウンドしてから止まった。
同様にして再度盛り上がり、今度は切り取れずに盛り上がった状態で止まる。
ワクワク、渋々と、四人は言われたとおりに壁を背にして座った。
「まずは俺が手本を見せるから、よく感じ取ってくれ。瑞羽、魔力は感じ取れる?」
「えっと、なんとなくもやもやした感じなら」
「それでいい。じゃあ始めるぞ」
アルは体内にある全魔力を、体全体にまんべんなく流す。
「最初は体全体に流すことから始める。均等にな。そしたら」
次に、右手に全魔力を集中させる。そして左手、右足、左足と順に、だんだんと早く動かした。
魔法の身体能力強化は、このように魔力を動かしていく。
「こんなふうに、素早く循環させるんだ。これを一時間。最初は均等に流すところから。じゃあ瑞羽にはやり方を教えるから、他は各々練習してくれ。慣れの問題だからな」
「分かりました」
「ウチ、これホント苦手や」
「……………」
「せんせー、お願いします」
アクアは、瑞羽とアルへとチラッと冷ややかな視線を向けた後、黙々と魔力操作を始めた。まるで、集中することで嫌なことを忘れようとしているかのように。
智景は繊細に、エリーゼは不安定に、そしてアクアは、弱々しく魔力を動かしていた。
一方で瑞羽は、少しテンションが下がっていた。
「最初以外、魔力の動きが分からなかったです…………」
それなりに早く動かしていたため、初めての瑞羽には難しかった。
高速で移動している物体を目で追っているかのような錯覚を感じていた。
「気にすることはないよ。スタートは遅れてるけど、最終的にはみんなと同じになるから。そのためのフォローはちゃんとするさ」
「お願いします」
瑞羽にはスタートが遅れていることよりも、足を引っ張っているのではという申し訳なさがあった。口では明るく振る舞っていても、違和感は拭えない。
「瑞羽、俺には無理して敬語を使う必要はないぞ」
「え…………?」
「瑞羽はきちんとしたところではちゃんとできる子だ。このクラスの中くらいは、子どもらしくてもいいんじゃないかな」
「いい…………の?」
「ああ」
「うん! お願いします、せんせー!」
実はエリーゼも瑞羽と友だちになった時、アルと同じ考えをしていた。
その時と同じ、ぎこちなさのない純粋な笑顔を見せることで、瑞羽はアルの優しさに応えた。
向上心や魔法に対する純粋な気持ちを持つ瑞羽は、絶対に伸びる。そのためには、瑞羽らしい純粋さが必要なのだとアルは考えていた。
「よし、じゃあ訓練に戻るぞ。魔力は今どこにあると思う?」
「うーんと、この辺」
瑞羽が指したのは胸、心臓部。
体の本能的な機能から、心臓を守るように魔力が集中する習性がある。
「正解だ。基本的に、魔力が集中するのは心臓部分になる。さっき、魔力の感知がもやもやとしているところって言ってたから、まずは正確に感じ取ることから始めよう。俺がサポートするから集中して」
「うん」
アルは瑞羽を後ろから抱き上げ、壁に寄りかかって座った。瑞羽をちょうど足の間に収めている形になる。
そして瑞羽の胸に手を当てて、瑞羽の中に眠る魔力を刺激する。それまでなんの動きもなかった魔力が、心臓の鼓動に合わせて静かに主張を始めた。
「バクバクしてる」
「そうだ。これが魔力だ。少しずつ落ち着かせるから、見失わないようにな」
心音に合わせて強調されていた魔力が、静かに活動を止めていく。瑞羽は必死にその感覚を繋ぎとめていた。
「まだ感じられてる?」
「うん。ハッキリしてるよ」
「よし。じゃあ自分で刺激してみようか。その魔力をイメージで動かしてみて」
「イメージ?」
「何でもいい。手で引っ張るイメージをしてみるとか、叩いてみるとか」
魔力はイメージで動かし、魔法はイメージを創造する。
子どもは想像力豊かだと言うが、まさにその通りであった。
最初は「うーん」と唸っていた瑞羽だったが、すぐにコツを掴んで、アルのサポートなしに魔力を活動させた。
「完璧だ。次はそれを動かすぞ。これもイメージだ。胸にある魔力を一つの“モノ”だと認識しながら、それをすうっと動かしていくんだ」
瑞羽は飲み込みが良かった。
この技術は自然と身に着けるものだが、慣れるまでに時間がかかる。
赤ちゃんが言葉を覚えるように数年かけて覚えていくものを、アルが少し説明しただけで完璧にものにしていた。
「できたな。偉いぞ」
アルが瑞羽の頭を撫でると、瑞羽は子猫のように目を細めて喜ぶ。
「せんせーありがとう!」
「微笑ましい光景やね。でも先輩。軽々しく女の子の胸に触るのはアカンよ」
和気藹々とした空気を肌で感じていた生徒たちが、いつの間にか二人の様子を眺めていた。
自分の訓練に集中できないほど、和やかな雰囲気に羨ましさすら感じている。
「まだ小学生の子にそんな心配しなくても…………」
アルにとって瑞羽とは、妹であり娘のような存在。邪な考えなどあるはずもない。
「年齢は関係あらへん。瑞羽ちゃんの二つ上のアクアちゃんでも、恥ずかしくなる行為だと思いますよ」
アクアも瑞羽と同じ、妹であり娘のような存在だと思っている。
本当か? と、アルはアクアを見つめると、
「知らない」
ぷいっと、わずかに頬を赤らめて顔を逸らしてしまった。無感情に思えて、歳相応の表情もできている。
「子どもの成長は早いんだな」
「女の子は特にですよ」
「小学生くらいなら気にしないと思ってた」
「さすがにウチも恥ずかしいです」
同じ小学生年齢であるエリーゼもハッキリと言った。その事実に、アルは己の常識を省みる。
「そういえば、楓恋がエリーゼくらいの時にはすでにマズイ状態だったな…………」
エリーゼの胸は、まだ慎ましい状態を維持している。触ったところで、ボヨンという擬音の発生もイメージできない。
どう受け取ってもセクハラ発言でしかなかった。
「みずははせんせー好きだからいいよ。せんせーの手、温かくてぽわぽわするの」
「そうだよな! うん。子どもはそうじゃなくちゃ」
陽気な様子のアルたちを眺めていた智景は、眉間にシワを寄せて握りこぶしを作っている。
自分には、あんなふうに笑っている余裕なんてない。その再確認が、智景をより一層焦らせていた。
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