魔法少女の育成戦記

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第二話 特別魔法使いクラス 後

公開日時: 2020年9月12日(土) 18:33
文字数:5,520

続きです。

 人数が少ないため、四つの席が等間隔で横に並んでいる。

 アルから見て左端にいる、すらっとした身体つきに、百六十センチは超えている身長の持ち主が立ち上がった。

 その所作は、落ち着き払っているといえば聞こえがいいものの、どこか戸惑っている空気も感じられる。


智景ちかげ・クラリス・御柳みやなぎ、十五歳です。その…………よろしくお願いします」


 智景はそこで言葉を止める。これ以上何を言えばいいのか分からないようだ。


「よろしく、御柳。年長だけど、あまりそのことを気負う必要はないからな」


「はい。よろしくお願いします」


 智景には、年長としての立場に一抹の不安があったのだろう。わずかに憑き物が落ちた変化を見せて席に着いた。少々頭が固いのかもしれない。

 年長という事実が素直さを隠してしまっているからか、全体的にツンとした態度が目立っていた。


「ん? 御柳のそのコンタクトレンズは、魔粒子を遮断するものだね」

「見ただけで分かるんですか!?」


 魔法使いの中には、魔粒子を操るだけでなく、魔粒子そのものを“視る”ことができる者もいる。

 しかしその技術は先天性のものであり、努力でどうにかできるものではない。

 加えて魔粒子は、無限に存在する不可視化された粒子であるため、実際に見えていたら、視界すべてが魔力光で埋め尽くされてしまう。

 その対策として、魔力光を遮断する魔法をレンズに付与していた。

 見た目はただのレンズなため、一般の魔法使いでも遮断レンズか度の入ったレンズかの判別はできない。

 判別できるのは、同じ“眼”を持つ魔法使いだけだ。


「俺も魔粒子が見えるんだよ。だからそのレンズにかけられた術式もよく見える。俺は訓練したから、普段は余計なものが見えないように調整しているけどね」


 レンズなしでの調整は成長するとともに身につけられるが、術式を見抜くのはまた別の才能となる。その事実だけでアルの実力がうかがえた。


「よろしくお願いします」


 智景は再度意気込みを見せ、アルは少し笑って見せることで応える。

 そしてアルは、俯きながら小さい身体を限界まで縮込めている少女に声をかけた。


「じゃあ次は君。自分のペースでな」


「は、はい」


 誰が見てもガチガチな態度だが、小動物のような姿を見ると可愛らしく見えてしまう。

 緊張しながらもゆっくりと立ち上がり、しっかりとアルの目を見て自己紹介を始めた。


「か、篝葉瑞羽かがりはみずは、七歳です! えと、えと…………頑張ります!」


 短めの髪をわずかにツインテールにした少女が、一生懸命に意気込みを伝える。

 打算で言ったのではなく、とにかく何か言わなければと子どもながらに考えた結果であった。


「元気な自己紹介をありがとう。年齢は離れているけど、同じクラスの仲間だからな。あまり年下だってことを気にする必要はないぞ」

「はい! あの、瑞羽って呼んでください」


 パアッと明るい笑顔になる瑞羽に、アルは同じ笑顔で答えた。


「ああ。よろしくな、瑞羽」


 アルの言葉で不安が払拭された瑞羽は、生き生きとした表情で席に着いた。

 そしてアルは、その隣の生徒に先を促す。アルの意を汲んだ少女は、智景と同じくらいに優雅な動作で立ち上がった。


「エリーゼ・ベアトリーチェ言います。十三歳です。魔法は苦手やけど、よろしくお願いします。あ、ウチのこともエリーゼって呼んでください」


 柔らかな関西弁を話すエリーゼは短い髪ながらも、左右の前髪の長さを少し変えた女の子らしいおしゃれをしている。

 それでも年相応の印象は拭えず、柔らかい口調と相まってその年齢らしい可憐さを見せていた。


「お、関西弁とは珍しいね」

「よく言われます。私を育ててくれた人がこのしゃべり方だったから、自然とこうなっちゃったんです。聞き取りづらかったら遠慮なく言ってください」


 両親がいないことを思わせる内容に、エリーゼは気にした素振りを見せず、にこりと微笑んでアルを見た。


「標準語の練習も少ししていたみたいだね。だけど、ここではエリーゼらしさを出してくれれば、関西弁でも何も問題はないよ」


 発音になまりは抜けていないが、できるだけ関西弁を使わないようにしている様子がうかがえた。


「ありがとうございます」


 強張った内側の筋肉がほぐれたようだ。

 そしてアルは、最後の生徒を見る。

 瑞羽とほとんど変わらない小さな身体からは、何も感じさせない無の雰囲気が漂っている。

 しかしそういう空気が感じられる時点で、少女が懸命に感情を押し殺していることをアルは見抜いていた。


「アクア、九歳」


 アクアは言うことは言ったとばかりに座る。

 長い髪を無造作に二つの輪ゴムでまとめ、制服もところどころにシワが目立っていた。


 智景の目は、魔法を学びたいという意思が宿っている。

 瑞羽からは、未来に対する期待感を瞳が物語っている。

 エリーゼも、肩の力が抜けた安堵を見せている。

 だが、アクアからは何も感じない。感じさせないと思わせる何かがあった。


「よろしく。何か悩みがあれば、遠慮なく言ってくれていいからな」


 このクラスの生徒は、将来に不安を感じている者たちであった。全員が感じている。

 瑞羽は何も分かっていない状態であれば、智景が壁を作っているのは間違いない。

 エリーゼは自分が関西弁を話すということ以外にも、クラス内雰囲気の居心地の悪さも含めて、このクラスそのものに不安を抱いている。

 アルがいなければ、口を開くことすら躊躇っていたことだろう。

 本来新入生なら、これから魔法を上達していく未来に希望を抱き、上がるテンションが抑えられなくなるものだ。

 だがこのクラスの生徒たちは、全員が未来に希望を見出せていない。むしろ不安すら感じていた。


 一通り自己紹介が終わったところで、アルは静寂に包まれた教室内を見渡す。

 良く言えば個性的。悪く言えば問題児である。

 普通は自己紹介の段階で、全員が幸先に不安を感じることはない。

 わくわくした気持ちで大学デビューをしたものの、友達や彼女ができなくてつまらなかったという悲壮感に似ている。

 それを入学式の段階で味わっているのだ。最初からすべてが“異常”なのである。


「みんなよろしく。このクラスに来るだけあって、なかなか才能豊かな子たちのようだ。そんな君たちに俺から言いたいことは一つだけ。みんながこの学院に入学した理由は、立派な魔法使いを目指すことだと思う。予科生のうちから任務を任されて、本科に上がったらレベルの高い任務に就く。入学式では任務達成が絶対なんて言い方をしていただろうけど、俺の意見は違う。なにがなんでも生きろ! その結果、任務を失敗してもかまわない。失われた評価はいくらでも取り戻すことができるけど、失われた命はどうやっても取り戻すことができない。必ずみんなが生きて帰って来られるように、それだけを考えてくれ」


 静かな教室で、アルの声だけが響き渡る。

 この場にいる全員が、アルの言葉を頭の中で反芻させていた。

 前に立つ男の言っていることの意味がよく分からなくて、動揺しているのかもしれない。


 普通の学校の、普通の学生が命を優先するのは普通のこと。

 しかし聖学院のような有名校では、任務よりも自分の命優先なんて考えは常識からしてありえない。

 それは政府の信頼を裏切る行為だからである。

 全員に与えられるわけではない任務は選ばれた者の証なのだから、裏切り行為は許されない。

 だが目の前の男はそうではないと、ハッキリと言い切った。


 今、生徒たちの頭の中になるのは、疑問と不安だった。確かに命は大事だ。

 任務達成は大切なことであり、できるだけ生きて帰れるように努力することはおかしなことではない。

 しかし、それを口にすることはまた別の話。任務の放棄は最大の恥であり、ありえてはならないこと。

 それをハッキリと言い放ったのだから、この先生は本当に大丈夫なのかという不安が募った。

 言ってみれば、今のアルの発言は非常識なのだ。


「まあ戸惑うのも無理はないけど、よく考えてみてくれ。じゃあ今日は以上ということで、みんなそれぞれ寮に戻っていいよ」


 各々が何を思っているのか。葬式のような雰囲気の中、アルと生徒たちの初めてのLHRロングホームルームは、放送で流れる鐘の音を合図に終了した。

 アルは、鐘の音が鳴り終わるまでに教室を出て階段を降りる。

 鳴り終わると同時に教室の中で口を開いたのは、最年長の智景だった。


「あの人はマギステルとしての自覚があるのかしら?」


 誰に言ったわけでもない。思わず口をついて出た愚痴だった。


「確かにちょっと変わった先輩やね。もっと重苦しいもんやと思っとったけど、随分と軽い感じやし」

「人格はこの際どうでもいいのよ。マギステルに人格破綻者がいるわけないのだから。あの人は、私たちの成長の根幹を担っている自覚があるのかしら?」


 マギステルとは、『本科』の中で選ばれた六人の精鋭を指す。そして代々、新入生として入学する『予科』を二年間サポートする役目を担う。そのサポートには任務への付き添いだけでなく、魔法そのものの指導も含まれている。入学した彼女たちにとって本科生の担任というのは、まさに自分たちの将来を左右する存在と言えよう。


「あ、あのっ…………せんせーはいい人だと思います」


 最年少の瑞羽がおずおずと口を開く。怯えは見えるものの、その瞳はしっかりとしていた。


「いい人ってだけで人を救うことはできないわ。あなたはそれでいいかもしれないけれど、私は困るの」


 言葉は選んでいるつもりでも、年下に対して容赦なく言い放つ。見下ろしてくる眼光を前に、瑞羽は顔を伏せてしまった。

 それを見ていた関西訛りのエリーゼは、智景の気持ちがよく分かってしまうから口を挟むことができないでいる。

 このクラスは“異常”だ。自分たちが事前に把握していた聖学院の一部とは思えないほどに。

 そしてそんなクラスのランクは、聞かなくても分かる。だからアルも触れなかったのだろうとまでさえ。


「あなたはどう思ってるの?」


 誰かに共感してほしいのか、智景はずっと黙っているアクアに問いかける。

 寡黙なのが素なのか、不満の表れなのか。


「興味ない。どうせ意味がなくなる」


 本当に興味がなさそうだった。智景の存在が鬱陶しく感じたのか、ひとりでにさっさと退室してしまう。

 その行動に対して、智景はより機嫌を悪くした。しかし年長としての立場を思い出したかのように、「これからよろしく」と伝えてからそそくさと教室を出る。

 残ったエリーゼと瑞羽は、あまりの勢いと展開にしばらく唖然としていた。

 それからエリーゼが帰り支度をし始めるのを見て、瑞羽も咄嗟にカバンを持ち上げた。


「あ!」


 持ち上げた途端、蓋の開いていたカバンから教材がバラバラと落ちてしまった。

 エリーゼはすぐに近づいて、拾うのを手伝う。


「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます」


 瑞羽は受け取った教材を、焦るようにして手早く仕舞い込む。


「やっぱり不安?」

「え…………?」


 入学式は本来、ドキドキワクワクの一大イベント。

 特に、魔法学校の中でも名門と呼ばれるところに入学したのだから、その期待は計り知れないものがある。

 しかし実際に蓋を開けてみると、友達も楽しい学院生活も期待できそうにないものだった。七歳という年齢には厳しい環境であろう。


「ウチもちょっとだけ不安なんよ。だから同じ仲間同士、お友達になってくれへんかな?」


 現金、と取られてもおかしくはないかもしれない。

 エリーゼのお願いに、瑞羽は瞬時にパアッと表情を明るくさせた。純粋な反応そのものだ。


「いいの!? あ、ごめんなさい」


「ううん。ウチに敬語はええよ。その代り、瑞羽ちゃんって呼んでええ?」


 自己紹介の時から丁寧な言葉を使ってはいるが、どこかぎこちない。

 それもそのはず、七歳から常に敬語を意識するなんて、よほど育ちの良い生まれでなければ難しい。

 この子の場合、それも不安に繋がっているのだろうとエリーゼは推測した。


「じゃあみずはも、エリーゼお姉ちゃんって呼んでいい?」

「もちろん。ウチ、一人っ子やったから、妹ができてうれしいわぁ」


 ギスギスした空間で瑞羽の存在は、エリーゼにとってとても頼もしく感じられた。


「みずはも!」


 太陽のような笑顔を見せる瑞羽を見て、その気持ちは強くなる。


「じゃあ一緒に帰ろっか。知っとる? ウチらのお部屋はお隣さん同士なんよ」

「そうだったんだあ。あ、ねえねえ、お姉ちゃんのお部屋に行ってもいい?」

「もちろん」


 エリーゼの快諾に、瑞羽はにっこりと七歳相応の笑顔を見せて、二人仲良く寮へと歩き出した。

 気づけば外は暗くなりつつあった。半日を教室でぼうっと過ごしていた彼女たちは、今がとても楽しく感じられていた。

 この学院は全寮制である。

 予科生と本科生の部屋の内装には差があり、本科生の中でもさらに内装に差がつけられている。


 男子寮と女子寮も分かれているが、男子が女子寮に、女子が男子寮に行ってはならないという決まりはない。寮とはいえ、わりと自由な規則であった。

 異性が訪れていい時間帯は決まっているものの、同性の友達間ならいつ訪れても問題なく、家族であるなら時間外に異性を招いても構わないことになっている。

 しかもマギステルには、異性であっても制限がない。実績がすべての学院ならではのルールであった。


「せんせー優しそうだったね」

「あの先輩には不思議な魅力を感じる。ウチのおじいちゃんに似てる気がするわぁ。御柳先輩はお気に召さないみたいやけど」

「お姉ちゃんのおじいちゃん?」

「いつも悲しそうな目をしながら優しくしてくれたんよ」

「みずははせんせーのこと好きだなあ」

「ウチも好きやで」


 少女二人は、アルの優しさに魅かれていた。本来、優しさは時にして頼りなさを感じさせる。

 人の気持ちには案外、幼いほうが敏感に気づくものなのかもしれない。 

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