「倉元家」は今日も異世界で

~リビングデッドから始まる、平凡一家のリスタート~
しげし
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第12話 姫の言葉が分からない

公開日時: 2020年9月6日(日) 06:55
文字数:7,069

異世界に来て数日が経過した。

それはそれは色んな濃い出会いがあったものだが、今回はここ数日の間で、武がかなり気になっていた妖精のお話。


実は、今日は妖精の国に招待されたのだ。

妹の櫻にしれっと付いてた『リリィ』という名の、緑色の小さな女の子の妖精さん。どうやらただ仲が良いだけといった間柄ではないようで、思った以上に櫻とは深い繋がりがあるようだ。


「まだ歩くのかリリィ。もう結構歩いたぞ?」


「すいません~。もう少しですので」


申し訳なさそうに先導しながら空を飛ぶ、ポケットサイズの妖精に案内されるがまま。暫く歩くとリリィの言う通り、倉元家の裏にある森の一角に、妖精の国への入り口はポツンと存在していた。


見た所、特に周りに生い茂る木と相違ない普通の木だが、先導していたリリィはその木にぶつかる事なく、スルリと木の中へ消えてしまったのである。


「おぉ。これ……木じゃないのか?」


大丈夫と分かっていても潜り抜けるのは少々怖い。

駅の柱に突っ込む、有名な魔法使いの気分が今では分かる気がする武である。

 

意を決して止まった足を地面から引き剥がし、手の指先からから木に突っ込むと、干渉することなくリリィと同じように奥へ吸い込まれた。


顔を潜らせた先は、同じく森。ただ視界の先に広がるのは明らかに今いた森とは違う。木の種類も、土や草の香りも。


振り向いた場所にあったのは、潜り抜けた木とは別の樹木。

どうやらこっちの森に合わせて形も変化しているらしい。

 

「へぇ~……結界……ってやつかな? 面白いね」


「簡単に見つかる訳にもいかないので。精霊様の恩恵で隠して貰っているんですよ」


「精霊様? 妖精とはまた違うの?」


「それはもう! 精霊様に比べたら私達の存在はゴミ虫以下です!」


「それは悲観しすぎじゃないのか」


「アハハ。いやいや本当ですよ? ともかく、ようこそフェアリーサトウへ!」


「…………山田の次は佐藤かい」


国名のダサさがまた残念すぎる。

辺りを見てもねじれた木々が生い茂っていたり、どうみてもクラゲみたいなのが宙を漂っていたり、見た感じ申し分ないファンタジーの中でも美しい世界なのだが


「うぅん……なんかスナックみたいな国名だな……この世界の地名とか何故日本の苗字っぽいんだ?」


かつて召喚者なり転生者なりがいたのだろうか?

酒でうっかり召喚させたくらいだからなあの神。

遠い昔に神がやらかした名残が、証拠として残ってるのかもしれない。

 

「?」


まぁですよね。悪気はないのは重々承知ですはい。

首を捻るリリィになんでもないと告げ、武は足を進める。


「にしても森の中にまた別の森があるとはね」


「珍しいですか?」


「ん~……見慣れた光景ではないかな~」


暫く歩くと、リリィが住んでいるという人形の家みたいなログハウスが見えてきた。更には視界を凝らすと、あちらこちらの木の上にそれぞれ異なった家が作られている。どうやらここが彼女達の町のようだ。


「お客様?」


「お客お客!」


「人間?」


「人間人間!」


すれ違い様に妖精達はリリィに質問をしてくる。

ただ手も足も羽も止まる事はなく、質問も返答も随分と簡易的だ。


「騒がしくて申し訳ないですぅ」


「アハハ。でもホントに妖精の国なんだな~」


「はい。……といっても、ご覧の通り建国真っ只中なんですけどね」


サイズがなんとも可愛らしいが、全体的によく見れば確かに他の家は建設途中が多い。せっせと仕事をしている妖精さん達だが、忙しいにも拘らずとても楽しそうにしている。森に響く歌声も陽気で、武は柄にもなくスキップしてしまいそうだった。


「良い雰囲気の所だな。何かドキドキしてきたよ。絵本とか童話の世界にでも迷いこんだみたいだ」


「そう言って貰えると嬉しいのです。ささ、どうぞどうぞー」


にこやかに話すもリリィのコンパクトサイズの家には流石に入れなかったので、地面に腰かける武と


「で? なんで私まで一緒なんですかね? 今日も魔法の練習しようと思ったのに」


「ささっ。奥様もーーー」


「だから奥様と違うよ!?」


「? あぁ! 言われ慣れなれてなくて、照れていらっしゃるんですね!」


「そうだ」


「そうだじゃねぇよ」


 武の召喚嫁、結衣がふてくされながら隣に腰を下ろした。今日もご機嫌斜めである。 

 

ちなみに結衣も今の武と同じく、自分や周囲が歓喜するよあ魔法はプスリとも出ない。才能がないのか、はたまた魔力がないのか分からないが、今のところミリ単位で体が浮く事も無さげだ。


リリィからはそっと紅茶と森の木の実が出てきたが、カップの大きさもなんとも可愛らしい。指先でつまんで持ちあげるも、壊れやしないかと心配になる。


「私にプライベートはないのか………はぁ………あ、美味しい」


「仕方ないだろ。結衣は俺の召喚獣扱いなのか、一定距離以上離れられないんだ」


「なんてはた迷惑なのか」


どーゆー訳か、武と結衣は互いの間に距離制限があるのだ。離れようにも、自由に動こうにも、よく分からない縛りがかかってしまいかなり不便な状態にある。

固定した距離までは分からないが、せいぜい10メートルが今のところ限度だろう。


更には日によって変動するもんだから、たまに2~3メートルの日もあって中々苦労を強いられる事もしばしばだ。早朝に結衣がベッドから落ちたりする明らかな原因は、まさにコレである。


一応に召喚者としての権利なのか、その起点は武を軸とするものだ。結衣が反抗的に引っ張るよりは、武が引っ張る方が僅かであるが強い。


「ペットの方がまだ自由がある気がする………はぁ」


これではリードのない首輪が繋がれているようなもの。ため息で我慢できているだけ、結衣の理解はまだマシな方だ。


「ゴメンね召喚しちゃって。ホント悪いと思ってるんだよ?これでも」


「死んで詫びてほしい」


「早い。その選択肢はまだ早い」


本気度高めなのがまた怖い。

二人の不毛なやり取りを見せられ、リリィは大層困っているかと思いきや

 

「姫にはいつもお世話になっております」


二人を呼んだ目的は変わる事なく、予定通りに頭をペコリとさげた。


「姫? あぁ櫻の事か。今日はゴメンな。お袋と買い物行ってるんだよ」


リリィは妹の事を姫と呼び、かなり慕っているようだった。

理由までは知らない武だが、友達が出来たのは良いことだ。

 

「いえいえ! 実は今日はお兄様に用があり……」


「……お兄さまだとっ!?」


なんていい響きだお兄様!!

てっきり国滅ぼしそうなくらい強くないと言われない、称号のようなものだと思っていた武だったが。

 

「もう一度言って」


「はい?」


「もっかいお願いします。お兄様と………さんはいっ!」


「えと……お兄様?」


武の寿命が5年は延びた。これで暫く生きていけるだろう。

 

「おっけいです。続けてください」


「は、はぁ……」


「ここでも遺憾なく変態発揮するわね……」


「変態とか言うなよ。ちょっと自分でもアレかな?とか思う日もあるけど変態ではない」


変態だとしても、ちゃんと理性のある変態紳士である。

 

「実は姫に国を救って貰ったお礼をしたいのですが、いかんせん言葉が通じないもので……一体何が一番喜ばれるのかとお兄様にお聞きしたかったのです」


「「お礼かぁ…………国っ!?」」


「はい。私がいるのも、皆《みな》がこうして歌えるのも姫のお陰なのです」


 二人がバカな事でやんや言ってる間に、いきなり壮大な物語が飛び込んできた。


「国とかっ………マジか。えっ………俺の妹一歳で一国救っちゃたの?」


「はい」


「ち、因みに一体どのような案件を?」


「櫻ちゃん何者!?」


 冷や汗止まらぬ武と結衣だが、リリィはお構いする事なく嬉しそうに続ける。


「『クイーン』と呼ばれる植物型神獣の討伐です。または災獣と呼ばれていますね。妖精を補食し数多くの森を腐敗させていたのですが、ようやくその歴史に終止符がうたれました」


「「…………」」


「因みにこの町の名前は既に『サクラ』で満場一致です」


「日本要素が増える瞬間に立ち会えるとは……」


予想を遥かに越えた櫻の偉業がリリィから告げられた。開いた口が塞がらないとはこの事だろう。

そして気になる『災獣』と呼ばれる新単語。これは中々なパワーワードな気がする武である。


「こんな身近に歴史を動かす人材がいたとはな。その災獣ってのは魔獣とかとは別個なのか?」


「魔獣は魔王、及び魔女が使役するとされる獣の事ですが、災獣はそれよりも昔から存在する個体と言われています。詳しい生態までは知られていませんが、生き物というより現象として扱われていますかね」


「思ったより、もっ凄い怖いことやってのけたな我が妹……なにそのレジェンドクエスト。生後間もない子がやる案件じゃないでしょうに……お兄ちゃん心配だよもう」


「……そのクイーンだかがこの妖精の森に?」


「はい。クイーンは森そのものの魔獣ですから。生命力も桁外れでして……幾度となくエルフ等と結託して迎撃は試みたのですが、最終的には森を燃やして被害を最小限に止めるしか手立てが無かったのです」


「やっぱエルフっているのか……にしてもとんでもねぇなクイーン」


「異世界怖い……」


「ホントにな」


「森そのものに擬態し、立ち入る妖精は気付く間もなく養分とされていましたから。棲み家もどれだけ転々としたか覚えていませんよ」


「やだもースケール半端ねぇな災獣」


冒険者なったらそんなのとも戦ってたのかなと……考えるだけでも恐ろしい。


リリィが持ってきた先代妖精による絵巻を見せてもらうと、森から伸びる黒いツルのようなものに捕縛されている無数の妖精達の姿があった。クイーンの詳細な絵はなく、あくまで森として描かれている。


「……これを櫻が討伐したのか?」


「はい。妖精一同顎外れるくらい衝撃を受けた一瞬でした。姫が『めっ!!』っと言った直後には、結界内の森は全て更地になりましたから」


「……全部!?」


「はい全部です。姫の言葉通りに滅《めっ》されました」


「…………」


しかしそれを討伐したとなると、いささかか疑問な点もある。


「でも森まだあるよ? どゆこと? ここがその更地になった森じゃないのか?」


「森すっ飛ばして新たな森を創造して下さいました。顎を戻す間もなく」


「ワォ」


どこぞの女神よりよっぽど女神な櫻様に、武も驚きすぎてリアクションが薄くなった。


「なるほど。それで丸っと解決した訳か……なるほどねぇー………納得……できないけどお兄ちゃん我慢するッ!!」


「じゃあ他の家が建設途中なのって……?」


結衣の質問に、リリィはにこりと笑う。


「はい。まさに新しい住み家を建造中なのです。今まではいつか壊されるかもとこんなしっかりした家は作った事がないのですが、お陰で今まで作りたかった家をそれぞれ惜しみ無く作っているのです」


「それでこんな楽しそうな訳か。でも小さいとはいえ木材運ぶの大変だろ? 手伝おうか?」


「いえいえ! それには及ばないです! 国を救って貰っただけでも大きすぎる借りなのですから! それに全てが本当に楽しいのですよ。こんなに歌が森中に響くのも今まではあり得なかったですからね」


確かに居場所をわざわざ知らせる行為はできない。

デスソングになりかねないのだから。


「そっか。楽しみを横取りするのは野暮だな」


どうしてもの時は遠慮なく助けてもらう、との条件でひとまずこの件は終了。お次のお第はーーー


「じゃあ櫻ちゃんの好きなもの探る為に、リリィちゃんはいつも側にくっついてたの?」


やはり結衣もこの世界には慣れてきたようで。

もう全然驚いていない。現実世界出身の女性達は、吸収力がとんでもスピードで早い傾向にある。


「それもありますが、姫は契約もして下さったので。姫程の力を持っていると意味は無いのですが、微力ながらサポートをさせて貰ってます」


「契約?」


何やらファンタジーっぽい単語がまたでてきた。


俺も召喚された身としては、そーゆー契約みたいなの欲しかった……血でも酒でもいいからよぉ……。

すぐ側にある筈の魔法の世界に手が届かず、その虚しさと悲しさに思わずホロリと涙。


「どったの武?」


「憧れた世界が俺の周りで溢れてるなって思って……」


「言ってる意味がよく分かんないんだけど……それでリリィちゃん。契約って?」


「はい。妖精はマナ供給を人間から行うのが効率がいいんですよ。正確にはマナを持っている種族なら誰でもいいんですけど、ヒト族はマナの絶対量が比較的高いんです。互いのゲートを繋ぐと安定して生きられるので、多くの妖精は成熟するとそれぞれ契約主を探すんです」


「な、なるほどぉ……?」


要するにマナをお裾分けしてもらう訳だ。

しかし質問した割りには知らない単語が飛び交い過ぎたのか、結衣は早々に離脱した。既に本能は、妖精の町を楽しむことに切り替わっている。


「ユイ様? 大丈夫ですか?」


「それは暫く放っておいていいよ。それより大気中とかでマナ供給できないものなのか?」


「できますが森を維持するのにギリギリの量ですからね。そんなにガツガツ貰ってられないんですよ。しきたりとして決まっているので、お兄様達の世界でいう法律みたいなものですかね」


にゃるほどねぇ。 

妖精も生きるの大変なんだな。


「なのでマナを貰う代わりに妖精の精霊術を使って私達は主のサポートに勤める訳です。精霊術は貯めた自身のマナを使いますが、契約後は主《あるじ》のマナでもありますので、あまり胸張って言える事では無いですけどね」


ナハハと、リリィは申し訳無さそうに笑う。


「メリットの大きさで言えば、私達の方が遥かに得る物が大きいので、主従の関係は絶対なんです」


要するに契約すると、契約主は自身のマナをストックできる量が増えるって事でいいのだろう。妖精の分+α的な、外付けHDDのような扱いだ。そこから契約主本来の自分の魔法に加えて、さらに精霊術も使えますよーと、リリィのサポートも付きますよー的な感じだろう。


リリィはメリットは妖精の方が大きいと言うが、成る程人間側のメリットも結構大きいなと、武はフムフム納得する。勿論ただの仮説上の話だが、例え違くてもこれならリリィが心配する必要も無いかと、武は安心した。


「まぁ何となくの事情は分かったかな。因みには契約ってのは同意あっての事だよな?」


「勿論です! ゲートを繋ぐ事に許可を得られなければ、契約は不成立ですから。むしろ姫はこちらの提案前に私にマナを分け与えて下さったのですよ」


「そっか。じゃあ櫻へのお礼の必要は無さそうだな」


「………えっ!? なぜですか!? それでは意味が無いですし、助けて貰ってばかりです!!」


オロオロと困惑するリリィだが、話を聞く限り特に考え込むような問題でもない。確かに救われた身としては不服かもしれないけども。


「でも契約しちゃったんだろ? だったら櫻の願いは叶っちまってると思うぞ?」


「……どーゆー事ですか? まだ何も叶えてないです。むしろ図々しく契約して貰ったというのに」


シュンとする妖精に武は


「俺の妹は流石に恩とかまで理解できる年じゃないよ。単純に遊ぶ友達が欲しかっただけだと思うぞ? 何でも興味を持つお年頃だからな」


「ともだち……ですか?」


「そっ! だからリリィは今までどーり遊んでくれればいーの。もしそれでもお礼がしたいって言うなら、妹が成長してから自分で聞いてくれ。どーせ今後も一緒にいるんだろ?」


「は、はぁ。それが……姫の願いですか? そんな事でいいんですか? もっとこう……物欲的なものは? 第一さっきも言いましたが、主従の関係ですし友達というのは………」


「一歳児が金品なんか欲しがらないって……。断言するけど櫻は今の現状に満足してるよ。それと、櫻はリリィを従えてるとは思ってないと思うぞ?」


むしろ向こうにいた頃より生き生きとしているくらいだ。夜もリリィが側にいないと少しグズって寝ないくらいなので、小さな櫻の小さな拠り所にもなっているのだろう。


「姫の器大きすぎます……うぅっ……そうですか……グスッ……分かりました。ならば今は与える礼ではなく、姫の楽しい日々を絶やさない事に尽力させてもらいます」


どうやらリリィは納得してくれたらしい。武個人的にも櫻の遊び相手がいるのはかなり嬉しいものだ。小さいながらもリリィはしっかりしているし、簡単なお世話くらいなら頼まずともやってくれそうだと。


「おう! 今後も仲良くしてやってくれ!」


「はいっ!」


これで万事解決。不安の無くなったリリィはすっかり元気を取り戻したようだ。


「ヨロシク頼むよ。それでさしあたっては俺からのお願いなんだが、俺にも精霊術を……」


「助かりました! ありがとうございました! 忙しい中申し訳なかったです! 直ぐに戻しますので! はぁ~姫に早く会いたいですぅ~!」


ホッとしたリリィはやけに早口で、最早武の言葉は耳にとどいていない。


「いやあの……俺にも魔法を……」


「やはり相談すべきはお兄様でしたね。今後とも宜しくお願いします! では!」


「あっ……」


発言終える前に、見慣れた森が。どうやら結界を閉じられ、一瞬で自分達の家の裏森に戻ってきたらしい。再び町に行こうにも、リリィの案内無しでは入り口がどの木だったかサッパリ分からない。


リリィ的には束縛しすぎては悪いと、好意で帰してくれたっぽいが……。


「チクショウ!!俺にも妖精と契約させるのが櫻の願いとか言っときゃよかった!!」


武は泣きむせながら、膝を折って地面を殴りつけた。


「もう憐れでしかないわね……ちょっと良いこと言ってたのに最後台無しじゃない」


「精霊術覚えてたら結衣も日本に帰れたかもよ?」


「……リリィかむばぁぁぁぁぁぁぁっく!!!!」


この後滅茶苦茶二人で地面を殴りつけた。 

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