「杉浦はもうマイナカード作ったの?」
深夜過ぎのお菓子の補充をしている私の後ろからバイトの先輩の四季さんが聞いてきた。
「あ、はい。この前の日曜日にもらってきました」
「日曜?区役所やってた?」
「その日だけ特別に。八時半から一時までってことで」
「そうなんだ。あんた達みたいに中々作んない人がいると役所も大変ねー」
「す、すいません…」
四季さんは他人にお構い無しなのだ。
「…まーでも土日対応くらい当然でしょ。国民に無理やり作らせてんだから」
言葉のきつさに悪気はない四季さんだった。
「四季さんはもう持ってるんですか?」
「当然よ。見る?」
「え?あ、はい…」
重要性の割にかなり地味なカードだから、そこまで興味持てなかったけど、四季さんがちょっとうきうき気味なので断るのもどうかと思った。
「はい」と渡されたカードでやはり最初に目につくのは、顔写真だ。
美しい。ただその表現だけがあれば良いというような、完璧な美しさが四角く切り取られていた。
私がマイナンバーカードを作るのを渋ったのは正にここにある。証明写真苦手。後で見ると落ち込みしかない。自撮りとかする人の神経すごい。
「え?」
ここまで綺麗だと人生なんの心配も無いんだろうなと、カードを裏返して見て驚いた。
「これ 」
三つに区切られた十二桁の数字がすべて“0”だった。
「し、四季さん、この個人番号のとこ…」
「ふふん。どう?びっくりした?」
得意気な四季先輩。
「サンプル的なやつ…?」
「本物よ」
「え?でもナンバーが無いんですけど」
「何言ってんの。ちゃんと印字されてるでしょ」
「え?いや全部0なんですけど」
「まー、私はほら、特別だから。マイナも私が教えたげたようなもんだし」
「はあ」
あー、痛たたたた。四季さん時々厨二な事言い出すんだよね…。
「全部私にやらせればもっと凄いのにしたのに。もうあっという間にメタバース仕様よ」
「おースゴイ」
「……杉浦、あんた信じてないよね」
「え?いやいや、信じます、信じます。はい」
「ふーん。あと実は1から7までも押さえてあるんだー」
「意味が分からないんですけど」
「これを見なさい」
何処からともなく四季さんは数枚のカードを出してきた。
私は手が震えた。
「ぎ、偽造…」
「本物よ」
「いやいや、一人でこんなに持ってるなんてアウト」
時々びしっと言ってみたりする。
「…だから私は特別だから 」
「はいはい、産まれて二秒で『自分は特別な存在なんだ』って解ったんでしたよね」
何度も聞かされたネタ。痛すぎる…。
「そうよ」
いじらしい!
自分設定をどこまでも貫く強さは、創作者として見習うものがあるわ。
「証拠見せる」
レジのマイナスキャナーにそれらを差し込んだ。POSの画面に年齢確認画面が出る。私の二つ上だった。
「ほー」
「ね。これで分かっ」
「よく出来てるんですね」
「まだ信じてないのね」
「四季さん、知ってます?これって一人に一つづつなんですよ。本物だろーが偽物だろーが、重複してる時点でアウトでしょ」
「本物なの」
頑固な。しかしこのままではホントに犯罪組織に憧れて行ってしまうやもしれん。
「四季さん、趣味は自由ですけど犯罪はダメですよ」
「……」
だんまりか。かわいい。
「それに0ばっかりの末尾一桁“1”“2”って天皇とかの番号なんですよ」
「天皇は戸籍を持たないから住民票も無いわ。マイナは住民票に基づいた物だから天皇のマイナカードなんて無いわ」
「え、そうなんですか」
「そうよ」
「へー。あ、じゃあそれこそ特別な存在ってことで」
「私だってそうよ」
なんと傲慢な。
「ところでこの住所 」
「これ杉浦にあげる」
四季さんは私にカードを渡してきた。
「え?」
「“7”は特別な数字よ」
確かに下一桁が“7”だけのカードだった。
「あー…」
どれ程この設定に付き合ったものか悩む。
「ラッキー的な…」
意外にミーハー?
「“7”はとても孤独な数字なの」
「はぁ。あ、いや、そんなぼっちカードもらっても、みたいな…」
あっ…。
「いいから黙って貰えばいいの」
な、涙目!
はわわわわ。
貴重。な、感じがする。
ぐっと華奢な手が押し付けられた。
「うーん」
「絶対大丈夫だから」
「仮にそうでも、こんな覚えられやすい番号じゃ、身バレとか怖いじゃないですか?」
「もともと身バレ目的のカードだし」
「いや、車のナンバーでイキッて“777”とかつけてる奴みたいな」
「杉浦が、、かわいいから?」
四季さんが言葉に詰まるのは凄く希だ。ましてや…
「いや意味分かんないです」
涙目の上に赤面とくれば。はわわわわ。
本邦初にして、ただ一人の真の天才。真賀田四季博士。インターネットやGPS、その他あれやこれや、凡そ現代の便利なツールやシステムは彼女一人の手によって造られた。神に最も近い存在。ミスパーフェクト。
彼女の国内産業への多大な貢献に答えるために、国は彼女が仕事を色々と回しやすいようにと勝手に八つの個人番号を献上していたのだった。そんな物全く必要無かったのだが、彼女はこれを使った壮大なプランを思いついた。それを計画している間、博士はとても嬉しそうにしていたという。
「でもこれ、写真無いですよね」
「そうね」
「あー、大丸に証明写真の機械ありましたね」
「駄目よ」
「え?何でです。すぐ近いし」
「折角特別なカードなんだから特別なやつで撮るのよ」
「はぁ」
「私が連れていってあげる」
「はぁ。じゃあ今度お願いします」
「今から行く」
「は?いやシフトあるし」
「替わりの要員手配済み」
「マジ…」
四季さんは店長の身内か何かなんだろうか?しかし我が儘が過ぎる。私もラノベ見習いの一社会人(ギリ)として、ここは彼女のために一言言っておくか。
「四季さん。いつまでもふざけてると 」
突然四季さんの隣に、私達と同じ水色のユニフォーム姿の女の人が二人やって来た。そして四季さんと私から名札をはずしにかかった。
「ふわっ」
制服も脱がされた。
綺麗な人に迫られ一瞬焦った(汗)。てか、いつの間にいたんだ。怖いんですけど。
「さ、行くわよ」
私は訳も分からず四季さんに手を引かれるままに出ていった。女の人二人がメイドのようにお辞儀していた。
いつも四季さんが入ってる時間帯は駐車場からして劇混みなのに、今日は無人に近いのも不思議だなと杉浦李奈は思った。
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