やきう

下畑の場合⑤

公開日時: 2022年9月16日(金) 07:41
更新日時: 2022年9月16日(金) 07:49
文字数:2,114

 小島さんは今年長期離脱があった。

 デッドボールが右足の膝裏に当たったのだ。

 『神経断裂』の重傷だったらしい。

 復帰後も『踏ん張っている感覚がない』と違和感を訴えていた。

 そんな状態だったので、小島さんは一時期調子を大きく落とした。

 だが、流石の天性の野球センスと言うべきだろうか?

 小島さんは打撃成績をグングンと上げて、現在リーグの二位につけている。

 だが、元々高かった『得点圏打率』が今年は壊滅的に低い。

 これも怪我の影響なのかと思って聞いて見たが「そんな事はない」と小島さんは笑っていた。


 ワンナウト一塁二塁、今年苦手としている得点圏で小島さんは打席に入った。

 ピッチャーが一球目を投じる。

 外角へのカットボールだ。

 「ストライク!」球審が宣告する。

 今の一球がストライク?

 高さもコースも外れているように見えたが。

 小島さんも苦笑いしている。

 ピッチャーが二球目を投じる。

 内角低めのボールくさいストレートだ。

 しかし小島さんはそのボールに手を出した。

 当たりそこねのボテボテのゴロがサード線に転がっていく。

 ダブルプレーには当たりが悪すぎてならないがセカンドにボールが送られる。

 ボテボテのボールを前進して取ったのが三塁手でサードベースには誰もフォローに入っていなかったのだ。

 サードにボールは投げられない。

 三塁手はサードを見た後、少し躊躇してしまった。ファーストランナーもバッターランナーも俊足だ。

 「すぐに投げなくては!」と慌てたのだろう。

 セカンドに投げられたボールはファースト方面に大きく逸れた。

 二塁手はミットにはボールを当てたが、ミットにボールを納める事は出来なかった。

 外野に転々と転がるかと思われたボールはバックアップしたショートが押さえた。

 訳がわからない。

 普通、三塁手が前進して打球を取ったら二塁がサードに入る。

 そしてショートがセカンドに入る。

 このバタバタで三塁手がセカンドに悪送球を送った原因は守備が取るべき行動を取っていなかったから混乱したのだろう。

 問題は守備位置に慣れていない二塁手のせいだろう。

 元を質せば二塁手のこの男は三塁手だ。

 だが先程ホームランを打った若いスラッガーに守備位置を奪われたのだ。

 しかし元サードは三番バッターとしてチームの打線には必要だ。

 サードの選手はサードとファーストしか守れない。

 ファーストにはスラッガーの一人、助っ人の外国人がいる。

 彼を打線から外す訳にはいかない。

 元サードを守備を捨てて外野に配置する方法もある。

 しかしレフトには既に守備を捨てたもう一人の助っ人外国人がいる。

 もう一人守備を捨てた選手を外野手に配置してしまったら外野守備が完全に終わってしまう。

 だから「取り敢えずアイツを二塁手で使うか」と。

 つまり敵の二塁手は付け焼き刃なのだ。

 このエラーは敵が想定していた最悪のパターンなのだ。

 確かに三塁手の投げた球は悪送球気味だった。

 だがその逸れた球は取らねばいけない球だった。

 たとえベースから足が離れたとしても塁を踏み直してセカンドでアウトにしなくてはいけなかった。

 

 とにかくワンナウト満塁だ。

 最悪でもあと一点は欲しい。


 「ピッチャー交代」敵球団の監督が選手交代を告げる。

 先程のエラーは投手の責任ではない。

 だが、一球目のボールもストライクとは判定されたが、本当はクソボールだ。

 そして小島さんが手を出した内角の球もストライクコースを外れている。

 とにかく敵ピッチャーはストライクが入らなくなっていた。

 キャッチャーも「もうコイツは頭に血がのぼってもうダメだ」と判断していた。

 四回までは、ほぼ完璧に抑えていたのに一つの躓きからここまで崩れてしまうのが野球なのだ。


 しかし得点は3-1、ここで終わってしまえば二点差のままだ。

 最低でもあと一点は欲しい。

 もう五回だ、この回と次の回で点を取らないと相手チームの必勝パターンのピッチャーが出てきてしまう。

 そうなれば勝利の可能性が劇的に落ちる。

 それに8回までにリードしていないとこちらも勝ちパターンのピッチャーをつぎ込めない。


 ワンナウト満塁でクリーンナップを迎えるという大チャンスだ。

 バッターはキャッチャーの森上さんだ。

 五番、六番に入る事が多いが、いつも三番に入っている高川さんが脇腹痛でファーム落ちした後、日替わりで三番バッターが替わっている。

 「森上には三番バッターをこなせる器用さはない」「森上はキャッチャーとしてのリードに専念すべきでクリーンナップの重責を負わせるべきじゃない」ファンにはあまり『三番、森上』は評判は良くなかった。

 だが、最下位に低迷しているリバイアサンズで色々試すのは仕方ない事なのだ。


 森上さんが右打席に入る。

 三塁ランナーである俺は右腕ピッチャーと視線が合う。

 あまり大きなリードは取れない。

 いくら牽制球が下手とは言え、これだけ目が合ってしまえば、流石に刺されそうだ。

 スクイズがないのはバレている。

 俺はピッチャーだ。

 ホームには頭から突っ込めない。

 それに森上さんはバントが下手だし、最悪ホームゲッツーになってしまう。

 森上さんはあまり足が速くないのだ。


 敵の守備位置は極端に前進している。

 これ以上失点するつもりはないらしい。

 最悪ホームホースアウト。

 あわよくばホームゲッツーを狙っている。

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