俺は左打席に入る。
走塁コーチの方を見る。
バントのサインは出ていない。
ピッチャーは一塁へ牽制球を送る。
俺が左ピッチャーというのもある。
俺が牽制球が得意というのもある。
相手の投手は右投手。
一塁ランナーを背中に背負っている形だ。
一塁ランナーがいる時、本当に左ピッチャーで良かったと思う。
その代わりサードにランナーが進んだ時俺は集中力を欠く悪いクセがある。
四回もそのせいか失投してスリーランホームランを献上してしまった。
・・・それは打たれた言い訳か。
しかしコイツは本当に牽制球下手だな。
そして、一塁に足の速い走者がいるせいかコントロールを乱している。
ピッチャーの俺に対していきなりボールを二球放った。
これが深堀さんが言っていた『ランナーを出すと崩れるピッチャー』か。
バッテリーの意識がストライクゾーンに集中している!
俺が軽く一塁上にいる川田に目配せをすると、川田は一つ頷いた。
第三球振らなければボールかもしれない。
だけど俺は大袈裟に空振りしてみせた。
俺の空振りは川田の盗塁を助けるためのものだ。
援護の空振りなんて必要ないくらい川田のスタートは見事なものだった。
余裕で川田は二塁を陥れワンナウト、セカンド。
これでダブルプレーの可能性も低くなった。
これはベンチの判断じゃない、川田の独断だ。
ベンチからバントのサインが取り消された。
正直、俺はバントが苦手だ。
サードにランナーを進める自信なんてない。
相手チームの内野陣はかなり前進している。
俺のバントを予測して猛チャージを仕掛けて来るだろう。
俺がバントを成功させる可能性は限りなく低い。
それに相手ピッチャーの投げる球はフォーシームのストレートでもかなりのクセ球だ。
バントしてもダイヤモンド内にボールを転がすのは難しい。
ベンチは「サッサと三振してこい」と俺に言っているのだ。
それでも良い。
ただ俺は少しでも味方が手も足も出ない相手ピッチャーの投球リズムを狂わせたい。
少しでも球数を放らせたい。
俺はベンチのサインの指示に気付かないフリをしてバントは構えを続けた。
ピッチャーが第四球を投じる。
高めに球が外れる。
俺はバットを引く。
スリーボール、ワンストライク。
二塁では川田が大きなリードをとっている。
ピッチャーは明らかにイラついている。
再三セカンドに牽制球を送る。
その度に川田が手から塁に戻る。
それにしてもこのピッチャーは本当に牽制球が下手だ。
これを繰り返していたら・・・。
「悪送球だ!回れ!」
俺が二塁の川田に向かって大声をかける。
川田は俺に言われる前に外野に悪送球が転々と転がる前に、既にスタートを切っていた。
ワンナウト三塁、カウントスリーボール、ワンストライク。
さすがに俺はバントの構えを解いた。
相手チームは相変わらずの前進守備だが、チャージをかけるのは止めたようだ。
相手ピッチャーは俺を『アウトカウント』として勘定しているようだ。
完全に舐めきってど真ん中に甘い球を置きに来る。
この一球を待っていた。
バントが下手な俺でもバント出来る甘い球が来るのを!
川田のスタートはそんなに速くない。
俺がバントのフォームを取ったのを見て、それに呼応した形だ。
サード寄りに転がったボールを拾ったのはピッチャーだった。
ピッチャーは素手でボールを拾うと、そのまま下からボールをトスした。トスされたボールは三塁側に少しズレた。
ホームベースに頭から滑り込んだ川田。
タイミング的にはアウト。
しかしボールが反れたせいでタッチが『追いタッチ』のような形になった。
しかも川田がホームベースに回り込むように滑り込んでいるのでキャッチャーがランナーにきちんとタッチしているかも微妙だ。
主審の手が上がり拳を振り下ろしながら「アウト!」と宣言する。
観客席から歓声がわき上がる。
川田が味方ベンチに向かって右手を上げてリクエストを求めるジェスチャーをする。
それに呼応するように監督が出てきて、両手で宙に四角を描き『リクエストを求めるジェスチャー』を行った。
「只今、リバイアサンズベンチよりリクエストの要求がありました。プレー再開まで暫くお待ち下さい」アナウンスが流れる。
オーロラビジョンにホームクロスプレーのスロー映像が流れる。
やはりタイミング的にはアウトだ。
ライトスタンドを中心に大きな歓声が上がる。
今度は違う角度からのスロー映像が流れる。
「おい、タッチしてなくないか?」
「タッチしてなくてもホーム踏んでるんだからアウトだろ?」
「そんな訳ないだろ!
塁埋まってないんだから、ホースプレーじゃなくてタッチプレーだよ!
タッチしなきゃアウトにはならねーよ!」
「じゃあコレって!」
「「「「セーフだ!!!!」」」」
今度はレフトスタンドのリバイアサンズの応援団が歓声を上げる。
VTR映像を見る為にスタジアムから出て行っていた審判団の一人が姿を見せる。
そして、両手を広げて『セーフ』のジェスチャー。
3-1、ついに1点返した。
2点差だ。
ワンナウト一塁で上位打線に回る。
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