確かにアウトにはなったがアニエルが一番良い当たりだった。
それ以外はフィルダースチョイスだったり、ポテンヒットだったり、デッドボールだったり、エラーだったり・・・。
これが深堀さんの言う『ワイバーンズの点の取り方』だ。
とにかく相手のミスは見逃してはいけない。
それはともかく切り替えなくちゃいけない。
俺はマウンドに上がる。
おそらくこの回か次の回で俺はマウンドを降りるだろう。
何でハッキリしないか?
『百球を越えればその回で終わり。
越えなければ続投』という暗黙の決まりがあるのだ。
まあ、よっぽど打ち込まれなければこの回で百球いくことはないだろう。
それに打ち込まれたら百球いかなくてもきっとマウンドを降ろされる。
相手チームの攻撃、六番バッターからだ。
六番バッターは助っ人外国人だ。
長打力のある助っ人を六番に置いておけるのが相手チームの恐ろしさであり、首位を独走している理由だ。
五番に助っ人の外国人を置く事がほとんどだが、今日は好調の若い捕手がクリーンナップに入っている。
もう一つ「相手が最下位のワイバーンズだから」新しい打順を試しているのだろう。
しかし実際なめられてもしょうがない。
ワイバーンズは首位のマーチンズとの対戦成績は悪くない。
むしろ勝ち越している。
だが、マーチンズは争っているチームに負けるくらいならワイバーンズに負けた方がまだマシだと思っているようだ。
なぜなら争っているチームに負けると、争っているチームとのゲーム差が『1』縮んでしまうからだ。
今更、ワイバーンズとのゲーム差の『1』縮んだところで痛くも痒くもない。
どれだけ負け越してもほかに負けるくらいなら、ワイバーンズに負けた方がマシだと思われるのは悔しいがしょうがない。
マーチンズに『負けたくない!』と思わせる位置までワイバーンズが登りつめるしかない。
それはともかく、俺は実はこのバッターが苦手だ。
数字にも現れていないから相手にもバレていない。
バレていたらクリーンナップから外れていないだろう。
何がそんなに苦手なのか?
俺が左腕投手で相手が右打者だ、というのはそれほど関係はない。
理屈じゃない。
何を投げても打たれる気がする。
外角低めにスライダーを投げる。
投げたつもりだ。
だが、ほとんど変化はない、甘いコースにボールが行ってしまった。
快音と共におもいっきり引っ張られた球がレフト線に飛んでいく。
飛距離は文句無しだ。
フェアかファールか!?
ファールのようにも見える。
レフトのポールを巻いてスタンドインしたようにも見える。
「ファール!!」線審が両手を広げて宣言する。
助かった。
だが顔には出せない。
「アレは打ってもファールにしかならないんだ」という顔をしておこう。
本当はただの投げ損じ、ホームランボールだ。
俺が「カウントを稼ぐ球だった。計算通りだ」という態度をしている事で、バッターも「もしかして本当に投げ損じじゃなかったのかな?」というふうに考え始めているようだ。
危なかった。
球威も球速もない俺には角度とコントロールが命綱だ。
今の球は角度もコントロールもなかった。
言うなれば『打ちごろの棒球』だ。
「ピッチャーは表情を顔にだすな。
失投しても『計算通り』という涼しい顔をしておけ。
不安そうな顔のピッチャーにベンチが続投させると思うか?
とにかく最初に味方から騙せ!
『アイツならまだまだ大丈夫だ。まだ余裕な顔をしている』と思わせておけ。
そして結果を出せ。
ブラフを真実にしろ」二軍投手コーチの深堀さんは俺にしつこいくらいに言った。
球威が、球速がある投手には絶対言わないよな、しかしことある毎に目をかけてくれるのは俺に『見込がある』と少しは思っていてくれるからだろう。
コーチも人間だから『好き嫌い』がある。
深堀さんはどうも球威や球速があってもフォアボールから自滅するタイプのピッチャーに冷たい傾向にある。
「でもピッチャーで『燃える男』って言われるタイプの感情を出す人いますよね?」
「感情を武器に出来るなら、感情を剥き出しにすれば良い。
味方を奮い立たせて、スタジアムの雰囲気すら味方につけてしまえば良い。
過去にそのタイプのピッチャーもいないでもなかった。
だけどな、そんなタイプに求められるのは『カリスマ性』と『演技力』なんだよ」
「?」
「周りを奮い立たせるために怒ってもないのに、怒ったフリをしたりな」
「そんな事してなんの得があるんですか?」
「『あの人があれだけ燃えてるんだから、俺達もそれに応えなきゃいけない!』って周りの士気が上がるんだよ。
ただその行動は両刃の剣だ。
そういう感情で動くタイプが嫌い、物事をシステマチックに進めたいタイプっていうのは少なくない。
そういうタイプは余計に士気を落とす。
それにお前、演技出来るか?」
「・・・無理です」
「だよな。
実は計算高さが必要になるんだ。
お前には到底出来ない」
「じゃあどうすれば・・・」
「とにかく無表情でいるんだよ。
ピンチでも、打たれてもポーカーフェイスを貫け。
当然、それじゃ味方は鼓舞出来ない。
ただでさえ打たないワイバーンズ打線が更に沈黙するかも知れない。
でも、お前はお前に出来る事をやれ!
とにかくポーカーフェイスを貫くんだ!」
俺はあわやホームランの大ファールの後、何事もなかったように第二球を放った。
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