「たまにお前みたいなヤツがいるんだ。
『何故かお前みたいなヤツが投げる時は味方が打たない』
原因は良くわからない。
投球リズムのせい?
お前の何かがチームの士気を下げてる?」二軍の深堀投手コーチが言う。
深堀さんはセットアッパーとして絶大な人気を誇った人だったが『酷使のせいで短命だった』と言われている。
甘いマスクで女性人気が高かった。
だが顔だけではない。
絶対のセットアッパーだった。
だが一度打たれ始めてから引退までは早かった。
挫折を味わっている深堀さんは若いピッチャー達の兄貴的な存在だ。
深堀さんの言葉の端々から『俺みたいな短命になるな』と言う思いやりが感じられる。
だから『お前が投げるとチームが打たない』と言われているみたいなものなのに深堀さんに言われると全く腹が立たない。
「そうなんだろうな」と素直に受け入れてしまう。
「どうすれば良いんですか?」
「抑える事だ。
打たれなければ負けはない」
「今の俺の力ではヒットを打たれない、というのは難しいです・・・悔しいですが」
「『自分の力を過信していない』『ありのままの自力を把握している』それはお前の大きな力だ。
『自分の力はこんなものじゃない!』と努力する事は向上心としては間違えていない。
だが時として自己の過大評価は成長の障害となる」
「それはどうも。
ですが今回に限ってそれは何も打開策になりません」
「過大評価していないのはお前の長所でもあるが、『自分を過小評価している』のはお前の欠点だな。
確かにお前には『前にボールを飛ばさせない球威』はないな。
ボールの飛んだ位置によってはヒットは打たれるだろうな。
お前が目指すピッチングは『完全に相手を抑える事』ではないはずだ」
「どういう事ですか?」
「時々いるんだよ。
完璧に抑えてたのに、一本ヒットを打たれた後に別人みたいに崩れるヤツが。
逆もまた然り。
ヒットを打たれながら何となく点を取られないで勝ち投手になるヤツが。
お前はそんなピッチャーを目指せ。
『いくらヒットを打たれても最小限の失点で切り抜けるピッチャー』に」
「具体的にはどうすれば良いんですか?」
「とにかくセットポジションを磨け。
コントロールを磨け。
牽制球を磨け。
そのためにする事は山ほどある。
先発ピッチャーを目指すならスタミナももっと必要だ。
失投は命取りになる。
変化球がスッポ抜けないように更に握力も必要になる」
「深堀さん、とにかく頼みます!
俺を一角の先発投手にして下さい!」
「俺はアドバイスするだけだ。
トレーニングに取り組むのはお前自身だ」
「わかっています」
「オーバーワークにだけは気をつけろよ?」
それから俺はとにかくセットポジションから投げる練習を集中的に行った。
深堀さんの言う通り、俺は『大炎上しないピッチャー』になれたと思う。
しかし三振をバシバシ取るピッチャーじゃない。
『打たせてアウトを取る』『飛んだコースによっては不運なヒットも打たれる』そんなピッチャーになった。
展開によってはミスはなくても数点は取られる事もある。
バットに当てればどんなバッターにもチャンスはあるからだ。
配球を読まれれば長打も打たれる、それは割り切らなくてはならない。
ツーアウトからショートとレフトの間に落ちる不幸なポテンヒットから始まり、次の打者は俺が打球を触った事が原因で打球の方向が変わり、ショートが捕球出来ないアンラッキーなヒットでツーアウト一塁三塁。
慎重になりすぎた。
続く四番の強打者相手に、弱点の内角高めのストレートを決め球にした。
俺には三つの誤算があった。
一つ目、三冠王を狙う強打者にとって弱点の内角高めは二割五分、つまり四本に一本はヒットにしているコースだった。
二つ目、弱点の内角高めでの勝負球は読まれていた。
三つ目、勝負球は少し甘いコースに入った失投だった。
無情にも強打者の打った白球はセンターバックスクリーンに飛び込む。
敵地はお祭り騒ぎだ。
レフトスタンドの片隅に陣取ったワイバーンズの応援団は静まりかえっている。
続く五番打者の当たりはベテランセンター小島選手のナイスプレイで何とか切り抜けた。
俺はベンチの片隅に腰を下ろす。
(交代だろうな)
汗を拭きながら考える。
五回は九番の俺まで打順が回る。
一応交代が告げられるまで自分から帰り支度はしないのが礼儀だ。
俺はヘルメットをかぶり打撃用の防具を付ける。
先頭打者が凡退する。
八番は若手のショートの左バッターの川田選手だ。
ワイバーンズには不動のショートストップ東田選手がいるが長いスランプの末、先日ファームに落ち、代わりに川田選手がファームから上がってきた。
「守備も打撃も東田には遠く及ばない」と解説者達には酷評されていたが、全力でのプレイは妙にファンの間では人気があった。
川田と俺は同い年だ。
川田は俺と違い正規のドラフトの3位だった。
だが育成選手も二軍戦に出場する。
俺と川田は二十歳同士だったこともあり仲が良かった。
一足先に川田に一軍行きの声がかかった時、俺は内心の悔しさと劣等感を胸の中に押し込み、川田と一緒になり喜んだ。
後から俺が一軍登録された時、川田は同じように喜んでくれた。
ネクストバッターズサークルにいる俺のところに川田が滑り止めを取りに来る。
そしてすれ違う一瞬の瞬間に一言「絶対塁に出るから」と言った。
俺に言ってどうするんだ?
どうせ俺の打順には代打が出るぞ?
初球、川田がサード線にバントをする。
ピッチャーとキャッチャーはボールに触らない。
「放っておけばファールになるだろう」と。
しかしボールはライン上でピタリと止まる。
仕方なくキャッチャーがボールを拾う。
しかしその時には川田はファーストベースを駆け抜けていた。
一死一塁。
しかし待てど暮らせど、代打のコールはない。
「あ、あの・・・」俺がベンチの打撃コーチに声をかける。
「何だ?お前の打席だ。
早くバッターボックスに入れ」
打撃コーチは素っ気なく言う。
困っている俺に打撃コーチの隣にいた監督が声をかける。
「お前に任せた試合だ。
そう簡単にマウンドを他者に渡すな。
少なくとも五回までは投げろ」
監督は俺と目を合わせない。
「では、行ってきます」
俺はこの時の震えの正体が未だにわからない。
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