第二球、内角低めにストレートを放る。
狙い通りの球が投げれた。
スレスレストライクともスレスレボールとも受け取れる『臭い球』というヤツだ。
多くの右バッターは腰を引くだろう。
しかしコイツは腰を引かない。
引かないどころか内角の『臭い球』を狙ってくる。
コイツは内角球を得意としているのだ。
腕を畳んで器用に内角球を打つ。
確かに腕を畳んで打った打球はフルスイングした打球より飛距離は出ない。
しかしコイツには持ち前のパワーがある。
フルパワーでなくとも球は飛ぶのだ。
しかもマーチンズの本拠地である青山球場はフルスイングでなくても充分コイツのパワーであればスタンドインするのだ。
コイツはローボールヒッターだ。
外角の低めも長い腕でフルスイングする。
フルスイングされたボールはピンポン玉のようにスタンド上段まで飛んでいく。
第一球に続きホームラン性の当たりだ。
「入ったか!」
「入らないでくれ!」
「入ってくれ!」
観客の様々な絶叫が飛び交う。
「ファール!」線審が大きく手を広げる。
コイツは変化球打ちが得意だ。
正確に言うと速球を待っていても変化球に対応出来る。
「弱点がないじゃないか」そんな事はない。
バックスイングが大きいのだ。
つまり速球に振り遅れるのだ。
しかし『それ』は俺が相手の時には弱点にならない。
速球を待っていれば、いくら速球が苦手とは言え俺程度のストレートは打てるらしい。
俺は過去に『ベストピッチ』をコイツにスタンドインされている。
それ以来理屈以上の『苦手意識』が俺にはつきまとっている。
悠然と内角球を見送る。
「ボール」審判が告げる。
いや、ストライク取ってくれよ!
前の打席も完璧に打たれてるんだよ!
小島さんの超ファインプレーでアウトにはなってるけど!
ワンエンドツー、キャッチャーが外角低めにシュートを要求する。
シュート!?
確かに持ち球ではあるけど、一試合に一球投げるか投げないかの『持ち球としてあるんだ』とバッターに意識させるのが目的の球だ。
そして、投げるとしてもストライクに放る事など有り得ないはずだ。
なのに森上さんはストライクゾーンにミットを構えている。
(これボールゾーンでも振ってくるぞ!)
俺が首を横に振ると、森上さんはもう一度外角低めにシュートを要求した。
信じて投げるしかない。
俺はやけくそで外角低めにシュートを放った。
案の定、バッターはフルスイングする。
タイミングはバッチリだ。
しかしボールはシュート回転し、バットにカス当たりしてファールグラウンドに転がった。
ワンボール、ツーストライク
なるほど、バッターに「シュートが来る」という頭数はない。
一度しか使えない奇策な訳だ。
しかし、その奇策でバッターを打ち取りたかった。
そう悩んでいると森上さんがタイムを要求してマウンドに近付いてきた。
「相手の弱点は知ってるか?」
「ストレートですよね?
でも、俺のストレートは通用しない。
一打席目も危うく長打だった。
小島さんのファインプレーに救われましたけど」
「何でストレートが苦手なんだ?」
「?
バックスイングが大きくて、スイングが間に合わなくなるんですよね?」
「だったらおまえの特技で打ち取れるじゃねーか」
「俺の特技?
『コントロール』ですか?」
「バカ!
低めを投げてもローボールヒッターのアイツにはボール球でも捕らえられちまうよ!
お前の特技、ランナーを出した後の『クイックモーション』だよ!」
「ランナーもいないのに、クイックで投げるんですか!?」
「おかしくねーよ。
お前は正攻法すぎるんだよ。
ランナーがいないのにクイック、突然サイドから放る、そんな奇策は珍しくない」
「そんな奇策が通じるとは思えない・・・」
「『バレたら終わり』の戦法は『バレなきゃ通じる』んだよ!
俺を信じろ!
お前は『真っ向勝負』に拘りすぎる。
『三回に一回打たれたら負け』の絶対不利の勝負で何、クソ真面目に『真っ向勝負』してるんだよ!」
「・・・わかりました。
自分の美学なんかより、チームの勝利を優先させます」
森上さんはミットをヒラヒラさせながらキャッチャーの定位置に戻って行った。
気取られちゃいけない。
元々球速の出ない俺はクイックモーションだと更に球速が出ない。
外角低めに森上さんがミットを構える。
サインの指示は『ストレート』
投球モーションに俺が入る。
半身で右足を上げる。
ここまでは普段のランナーのいない時のピッチングの構えだ。
そこからはまるで早送りのVTRのように体重移動も身体の回転も腕の振りも速い。
しかし球速はストレートにも関わらず、139キロしか出ていない。
しかしバックスイングの大きいバッターはクイックでの投球に全くタイミングが取れていない。
バッティングフォームを崩されたバッターはへっぴり腰でまるでカットするような中途半端なスイングで外角のスイングを空振りした。
してやったりだ。
俺はグラブを一つポーンと叩き、左手で軽くガッツポーズをした。
「下畑のガッツポーズなんて初めて見た」
「普段は全く表情なんて見せないのにな」
ファン達は囁き合っている。
この後は相性の良いもう一人の助っ人外国人だ。
不思議なもんだ、相性が良いだけで見下して勝負出来る。
俺は相手の左打者を見下ろし「軽く捻るか」と呟いた。
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