やきう

下畑の場合①

公開日時: 2022年9月11日(日) 10:01
文字数:2,270

 やられた。

 ここまで何度もピンチは招いてきたが、何とか0点に抑えてきた。

 味方の援護がないのはいつもの事だ。

 俺の防御率はそんなに悪くない。

 だが、俺は今まで7回先発登板して未勝利だ。

 勝つためにはとにかく俺が抑えなきゃダメだ。

 ダメだった。

 なのに四回に一発を打たれてしまった。

 ツーアウトまで何とか漕ぎ着けたのに。

 スリーランホームランだ。

 0-3

 マウンドを蹴り上げたくなる。

 だが、俺はそれはしない。

 子供の頃から『ポーカーフェイス』が俺の持ち味だった。

 ここで感情を見せたら、これからも感情が溢れてきてしまうような気がする。

 内心泣きたい。

 怒りたい。

 だが俺は平然と足でマウンドを均す。

 「本当に二十歳になったばかりか?

 落ち着いてるな!」

 観客の声が聞こえて来る。

 落ち着いてなんかいない。

 泣きたい。

 煮え繰り返っている。

 絶叫したい。

 だが、俺にとって『ポーカーフェイス』は数少ない武器なのだ。


 俺はいわゆる『古豪』と言われる高校で野球をしていた。

 俺のいた高校も昔は甲子園常連で、沢山の有名プロ野球選手を排出している。

 ただ、最近は『良いところまでは行くが準決勝あたりで敗退する高校』になってしまっていた。


 俺は子供の頃から地元の『中京リバイアサンズ』のファンでプロ野球選手を夢見ていた。

 だが俺は現実にぶち当たる。

 今の甲子園ピッチャーの平均最高球速は『135.5キロ』

 140キロ以上の球を放る高校球児なんて珍しくない。

 150キロ以上の球を投げる高校球児もチラホラいる。

 プロに入れるような球児は『140キロ以上の球を投げられて当たり前。+αが必要』なのだ。

 俺も140キロ以上の速球は投げられる。

 だがそれだけだった。

 半分諦めていた時『中京リバイアサンズ』が育成ドラフトで俺を指名した。

 地元の高校だから?

 とにかくプロ契約に近付ける!

 しかも憧れのリバイアサンズのユニフォームが着れるのだ!

 俺は一も二もなくリバイアサンズと育成契約した。

 しかしチームに合流してみて痛感する。

 140キロの速球は武器にはならない、と。

 誰もが140キロ以上の速球を投げる。

 ピッチャーだけじゃない。

 ピッチャー経験者の野手ですら140キロの球は投げられるのだ。

 俺は「もっと速い球が投げられるようになろう」と思うと同時に「変化球を磨こう」「コントロールを磨こう」と目標を定めた。

 案の定、そう簡単にプロにはなれなかった。

 育成契約のまま一年間が経過した。

 「今年も育成契約のまま一年間が過ぎるのかな?いや、もしかしたら育成契約を切られるかも」そんな事を思いながら、一年間を過ごしていた時、チャンスが訪れた。

 絶対のセットアッパーだった脇田投手がFAで『北九州ホワイトドッグス』に移籍したのだ。

 それで人的補償でホワイトドッグスから石嵜投手がリバイアサンズに移籍してきた。

 石嵜投手は脇田投手の穴を埋めるためにセットアッパーとしての活躍が期待された。

 だが石嵜投手はリバイアサンズにデビューしたその試合で一球目を投げた時、故障してしまった。

 チームは予想外のトラブルにセットアッパーに先発起用する予定だった青木投手をセットアッパーにする。

 するとどうなるか?

 『先発投手の頭数が足りなくなった』のだ。

 ファームで登板している何人かが一軍に召集される。

 最有力だったのは『活野投手』

 悪くない活躍をした。

 何と言っても打者としてもホームランを打った。

 だが活野投手は負傷で長期離脱を余儀なくされる。

 それから何人かのファームの投手が先発投手として試された。

 だが結果は決して芳しくなかった。

 そして俺にチャンスが訪れる。

 「おい、下畑。

 支配下登録だ。

 同時に一軍登録だ」

 「え?」事態を把握できなかった。

 「嬉しくないのか?

 お前、本当にポーカーフェイスだな」コーチが笑う。

 そうじゃない。

 嬉しくないわけないじゃないか!

 この瞬間を夢見て辛い練習に励んできたんだ!

 実感がないだけだ。


 あれよあれよ、という間に入団の記者会見場に連れて行かれた。

 そこには子供の頃に憧れた『背番号3』の姿が。

 しかし憧れたその人は『背番号3』をつけていない。

 当たり前だ。

 『背番号3』は別の選手がつけている。

 今、憧れの辰並選手はリバイアサンズの辰並監督として『背番号73』をつけているのだ。

 『ポーカーフェイス』と言われた俺の指先が震える。

 「期待してるよ、先発でいくから」監督は震える俺と握手を交わしながらにこやかに言う。

 「は、はい」俺は掠れる声で何とか答える事しか出来なかった。


 それからプロ入りしてすぐ一軍登板の機会は訪れた。

 俺の武器に『比較的恵まれた体格』というものがある。

 184センチの左腕から投げ下ろす球には角度がある。

 しかし、その角度を活かすのはコントロールだ。

 なかなか良いピッチングが出来たと思う。

 6回まで自責点『2』に抑えた。

 ヒットは結構打たれた。

 しかしこれが俺の試合の組み立て方だ。

 『ヒットは打たれながらも傷は最小限に抑える』

 これ以上を現状で望まれても困る。

 これ以上が要求されているなら、俺はクビになるしかないだろう。

 結局、俺には勝ちも負けも記録されなかった。

 チームは負けた。

 次の日、俺は二軍行きを告げられた。

 俺は少しガッカリしながらも、少しホッとしていた。

 「解雇じゃなくて良かった」と。

 複雑な心境の俺にピッチングコーチが言う。

 「しっかり調整しておけよ、中10日でいくぞ!」

 「え?今何て言いました?」

 「昨日のピッチングは良かった、合格点だ。次も先発で頼むぞ!」

 「でも試合は負けましたよ?」

 「お前が悪くて負けた訳じゃないだろう?」

 どうやら俺にはプロ野球選手として『次』が与えられたようだ。

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