あるところに特別な一族がいた。一族と言っても一つの血筋により結ばれていたわけではなかったが、彼らは皆、生来の資質として例外なく特別な力を有していた。彼らは無から火を生み、川をも凍らせ、風を操り、雷を落とし、光で夜闇をも照らす能力を有していた。――それ故、誰も彼もが彼らの力を求めた。
個々がそんな強大な力を持つ一族だ。きっと同等の数であればそんな有象無象、易々と返り討ちにできたであろうに。無情かな、彼らは絶対的に頭数が少なく、あまりに数の利で負けていた。彼らは何処へ行こうとも、どちらを向こうとも敵だらけだった。いや、敵しかいなかった。すべての人間が彼らを欲した。
――捕まればどうなるか?
ある者は戦場に駆り出され、ある者は特別な労働を強いられ、ある者は研究と称して体を弄くりまわされた。――総じて、捕まった者には人としての自由も尊厳も無かった。
だが、ある時一族の前に一人のおかしな男が現れた。その風変わりな男はたった一人で、一族の生き残りすべてを丸ごと匿ってみせた。一体彼が何者だったのか、終には誰もが知らないままだった。敢えて深く追求する者もいなかった。
しかし、ある時とうとう彼一人の庇護にも限界が訪れた。そして彼と一族は流浪の旅路の果てに、辿り着いた。自分たちの新たな楽園となる場所に。
三方を山、一方を下に向かう切り立った崖に囲まれた天然の要害。彼らはその未開の盆地に入植することにした。手付かずの野と山と川。八の家に別れた彼らは一からその土地の開墾を始めた。彼ら一族を此処まで率いた「彼」は最後に、この彼らの新たな故郷を取り囲む山々に、迷いの結界を施した。真実、この地が楽園となることを願いて。
――そして彼は彼らの前から姿を消した。
残された八家の人々は土地を切り拓き、子を成し、世代を継いでゆく。
彼らには能力以外にも「普通の人間」とは違う、身体的特徴があった。耳の形が違うのだ。耳の端が少しばかり上向きに、尖るように張り出している。尖るように、というだけで、実際に尖っているというほどではない。ただ少しだけ耳の形が違う。それだけだ。
だが、特別な能力を持つ彼ら故に、その些細な身体特徴は過剰に注目された。そして御伽草子の中に出てくる亜人間に倣い「エルフ」と呼ばれた。
――それから長い長い時が経った。外界からこの閉じられた里に入植した当時を知る者なんてとうにおらず、それまでの流浪の旅路の言い伝えさえ朧気になった頃。いつの間にやら、誰かが意図的に変えたのやら、自然と変わっていったのやら……。
彼らは自分たち里の民のことを「アルヴの民」と呼称するようになっていた。
アルヴの民は生まれながらにして多彩な異能の才を有する代償としてか、「普通」の人間より短命であった。外界の普通の人間が大体齢六十生きるとすれば、アルヴの民は四十ともなれば長命なほうである。
特に男子の生命力の儚さは深刻だった。出生直後から一年ほどの間に大半の男児が山々の御下に還っていった。さらにそもそもの話、男児の出生率が女児に比べてあからさまに低い。故に、この里の人口の内訳では男子に比べて女子の比率が圧倒的に高く、その差は代を重ねるごとに広がっていった。そのような環境の下で種を繋ごうとした結果、早い段階から一夫多妻制の文化が形成されていった。
男を家長とし、一人目の妻が正妻となり、さらに多くの側妻を娶る。
家の長はあくまで男である家長という体裁になってはいるものの、家内の大部分を取り仕切り、実際の主導権を持つのは正妻であることが多かった。女の方が数が圧倒的に多いのだ。男より女の方が力関係で勝るのは必然だった。
本来男というものは女より力強く、大きな体格に育つように出来ている。それ故、多くの文化圏では男が営みの主導権を握ってきた。
アルヴの男とてそれは例外ではないのだが、アルヴの民は皆、特別な力――「巫術」の才を持つ。巫術とは自然現象を人意で操る超常の力。彼らはその力を自然の精霊より借り受けているものと捉え、それ故に巫術と呼ぶ。そして巫術の力量に性差はなく、さらに巫術を扱うための「巫力」と呼ばれる力が身体能力を底上げしてくれているため、日常生活を送る分には「男手」の必要性が低いのだ。それも女社会が形成されていった理由の一端だった。
男は女たちに敬われ慕われ、たくさんの妻を娶る。しかし、日々の営みの実権は女が握り、女が家を回す。それを幾代をも重ねるうちに今のアルヴの社会が完成した。
――そして現在。
その幾代にも渡る彼ら彼女らの築き上げてきたアルヴの社会の滅びへの時針が、とうに動き始めていることを彼女らが知るまで、間もなく。
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