(あれ……ここ……どこ……?)
目を覚ましたライラは状況が飲み込めずにいた。
(暗い……今は夜? ここは……家じゃない? 寝かされてる?)
やっとそこまで理解して、とりあえず起き上がろうとしたところ。
(あれ?)
布団についたはずの左手が何故か空振りして、体勢を崩した。不思議に思い左手を見ると……そこは包帯でぐるぐる巻にされており、その先のほう――手首より先が無かった。
(これ、なに……? えっと、指は動か……ない。やっぱり手の先……ない……よね……?)
状況が飲み込めず、理解ができなくて頭の中がぐるぐるに絡まる。
「――あっ!」
しばらく惑ってやっと思い出し、思わず声を上げる。……そうだ、エルの屋敷の奥……。何かの気配? に呼ばれた気がして、奥へ進んでいったら……いきなり左手に激痛が走って……。
……そうか、左手を、手首から先を切り落とされたんだ。刻印の宿った左手を。
たぶん、その後すぐに気を失って止めは刺されずに残され、誰かが見つけてくれて……運んでくれた? 此所はどこだろう。
改めて目を凝らして薄暗い部屋の中を寝たまま見渡す。どうやらラスタのウォル家の屋敷の一室のようだった。たぶん、入ったことのない部屋だったが、部屋の造りや調度品が似通っている。
そして部屋の隅のほうで、義母が椅子の背凭れに体を預け、静かに眠っていた。
(……ずっと付いて居てくれたのかな)
実母は……私の怪我を見て、倒れでもしたのかな。あの人ならたぶん平静じゃいられないだろう。
――ライラは娘の気も知らずに、知ろうともせずにひたすら甘やかすことしか知らない実母より、ここにいる義母を本当の母のように慕っていた。しかし、今ライラが一番居て欲しい人の姿は見当たらない。
コンコン
左肘と右手を使って上半身をやっと起こしたところに部屋の戸が軽く二回叩かれ、ビクッとする。
「目が覚めましたか?」
戸が開くと、ウォル家の見知った医療師のおばさんが手提げ灯篭と薬箱を持ってそこにいた。彼女には昔からちょっとした怪我の手当などで何度もお世話になっていた。……あと、叱られたり、小言を散々言われたことも。
「一度ウェル家の集まりに顔を出してから、また戻って来てくださったんですよ」
椅子に身を預けたまま寝入ってしまっている義母の膝掛けを直しながら彼女は言う。
「あとでしっかり感謝しておくのですよ」
コクリと頷いて返事をした。
「さて、丁度いいのでまた少し処置をしておきましょうか。横になってください」
ライラはせっかく頑張って起き上がったのにと心の中でぶーたれながらも、素直に横になる。
「一応説明しておきますと、左手首の関節より少し手前あたりから先がばっさりと切り落とされています」
改めて説明を聞いて、背筋をゾワリとしたものが駆け抜けた。
(……そうか、本当に無くなっちゃったんだね)
「切り落とされた箇所はもうどうにもなりません。今は早く傷口を塞ぐように肉体の治癒力の活性化と薬による消毒と化膿止め、さらに痛み止めを施しています。――本当はとんでもない激痛がまだ続いているはずなんですよ?」
はい、痛いのは嫌です、ありがとうございます……。
「それでは療力を送りますので、おとなしくしておいてくださいね」
彼女はぐるぐるに巻き付けられた包帯を少し剥がして、傷口に近い場所に右手の人差し指と中指を添え、自身の呼吸を整える。
「……あの」
「なんです? 処置に失敗してもよろしいですか?」
「あ、ごめんなさい、それはちゃんとお願いします……」
はい、大人しくしてます。
「……で、なんです?」
……うん、やっぱりこの人は優しい。
「ラスタは……どうしてます?」
「今はもうご自身の部屋でお休みかと」
そう言って彼女は壁掛け時計のほうに視線を遣った。つられて見ると、外から漏れ入る星月の明かりと机に置かれた灯篭の明かりに照らされ、なんとか時刻を読み取ることができた。深夜も深夜、いいところだった。
「それでは続けてよろしいですか?」
はい、と返事をし、今度こそ全身の力を抜いて施術を待った。
(ラスタ……会いたいよ……)
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