桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月7日(火) 17:02
文字数:1,521

 ――あまりにも間抜けだった。

 カナミは誰が見ても分からぬ程度だったが、自身の失態に対しておの表情かおを歪めていた。

 エルの家は全員が拘束され、ナルザのウェル家を中心に捜索が始まった。ウェル家はそういう役職を請け負っている訳ではないが、アル家の次に里の社会の中心にある家だ。だから、自然な流れでまずはウェル家が主導して捜査が始まったが、今回に関してはいつも通りの慣例というわけだけではない。首長という立場故にだが、代々エルと結ぶつきの深いアルの家には信用がおけない、という意味合いも少し含まれていた。

 そして夜、まさにラスタと十四番が死闘を繰り広げている頃。そんなことは露知らず、ライラとそれに付きっきりであるはずのラスタ以外の全員が、一度ウェルの別邸に集められ、ナルザの父であるウェル当主のもと、現状の整理を行っていた。

 ライラは命に別状はなく、現在はラスタのウォル家本邸にて養生をしているそうだ。

 彼女は左手を手首よりやや上でばっさりと切り落とされていた。発見が早かったため出血さえ止めてしまえば命に別状はなかったが……完全に切り落とされた左手は、療術をもってしても元に戻すことは叶わなかった。

 エル邸宅内の捜索によると、やはりライラの切り落とされた刻印の宿っていたはずの左手は、現場からはみつけられなかったそうだ。

 ――あぁ、なんて間抜けな話だというのか。

 ウェル当主らの話を聞きながら、カナミは悔恨かいこんの念にさいなまれていた。

 エル家は全員が拘束され聞き取りも始まっているが、皆がんとして何も話そうとしないという。エルの屋敷内で起こったことだというのに捜査に対してエルの家の誰もが非協力的で、口を濁すかそれか貝のように閉じてまったく何も語ろうとしないため、結局全員を拘束することとなった。

 ライラが襲われた後、カナミはエル家を発つ直前にもう一度リサの様子を見にいった。相変わらず何とも表現し難い、悲しみなんて言葉だけではとてもじゃないが言い表せない目をしていた。

「――しばらくお眠りなさい」

 カナミは彼女の頭にそっと、優しく手を乗せてそう言葉を掛け、その場を後にした。

 エル家邸宅を出る前に、大人たちにリサのことは今は軟禁するだけに留めることをお願いし、代わりに彼女の両親である当主夫妻は必ず何かを隠しているとも告げておいた。

(――もっと早く気づきべきだった)

 アル家には長年に渡って秘匿されていた存在、ハルキが実際にいた。そしてエル家もまた、その正体に見当はつかないまでも、何か大きな隠しごとを抱えていたことをカナミは把握していた。あのリサの瞳を幾度も幾度も見てきたからこそ、だ。……だのに、気づくのが遅すぎた。少なくとも自分だけは気づけたはずなのに。推察に至る為の要素は十分に揃っていたのだから。

 物証はない。しかし、状況証拠は十分だ。――問題は、今それを皆に伝えるかどうか、だ。口を閉ざすエル夫妻やその他エル家の人間の態度から、既に彼らが事件の真相に迫るであろう隠し事をしていることは誰からみても明白だった。だから、カナミの推理を伝えれば、おそらくすんなりと理解を得られるだろう。

 しかし、カナミは迷っていた。カナミには自分だけの目的があり、その為には今伝えることが適切なのかどうか、迷いに迷っていた。――何故そこまで迷うのか。カナミは自身の至った推理について確信を持ってはいるものの、それでは説明のつかない問題が一点だけあった。……刻印の数が合わない件だ。他の謎はすべて繋がって見えるというのに、この一点だけがどうしても繋がらない。

(駄目だ、この謎が解けないまま大きな行動に出るのは危険だ。――皆様、申し訳ありません。この件については今しばらく、私の中だけにお預けください)

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