「だったら動かなきゃいいだけだろ!」
十四番がそう吐き捨てて術を使おうとしたその矢先、また足元で何かが炸裂する。
「ぐっ……」
――甘いよ。
十四番は既にラスタの術中に足を踏み入れていた。
この罠は即席で用意したものではない。此処は最初にサリャが惨殺された時点でこれからも戦いが生じる可能性を危惧し、ラスタがライラと共に里の中の数ヶ所に仕掛けたうちの一ヶ所だ。いざという時は此処に逃げ込めるように、と。その中でもこの場所は特に決戦用だった。もしも避けられない戦いが訪れたときに、真っ向から戦うための場所として用意した。……率直なところ、本当に使う羽目になるとは思わなかった。できれば使わずに済んで欲しかった。それをこんな形で、自ら呼び寄せて使うことになるなんて。
先程は発火性の罠で奴の右足に軽い火傷を負わせたが、今回は凍結性だ。左足を地面に氷で固定した。動きの止まった十四番に向けてラスタは一歩一歩と歩みを進める。
「ちぃ……」
黒衣の者は足元に火を纏い、その枷となった氷を熱で溶かす。氷は一瞬で水に還り、さらにジューッと音を立てて水蒸気となり、空気に溶けた。
(……やはり火も使うか)
サリャたちを殺した件も含めて、やはり五属すべての力を扱えるようだ。
「……教えてやろう。私のとっておきは光術でも風術でもない……張り巡らせた罠だ!」
ラスタはその場で片膝を折って地につけ、さらに掌を地べたに押し付け巫力を、気を送った。黒衣の周囲の地面が爆発し、土煙が吹き上がる。
罠の起動にはいくつかのパターンがある。今のは自らの巫力を送り込むこと――気を送るともいうらしい――で遠隔起動させた。「気」は人それぞれ固有の特徴があるらしく、今作動させた罠は私かライラの「気」でしか発動しないように細工がしてある。
「ごほっ……こんな目くらまし如き…………⁉」
黒衣が自らを覆った土煙を軽く風で撫で払った次の瞬間、月光を受けて煌めく白刃がそのすぐ眼前に迫った。
「下手に動かないことだ。貴様は既に私の掌中にいる」
ぎりぎりのところで剣撃を避け、後ろに大きく距離をとった黒衣の者にラスタは告げる。その手には一尺ほどの直剣が握られていた。氷ではない、金属製の正真正銘の剣だった。
「先程も言っただろう? この周囲六十間は私の領域だ。様々な効果、起動法を持つ罠が網のように張り巡らせてある。そして貴様はその一手目を踏み抜いた。あとはすべてが繋がり……一手一手、お前を追い詰めていくだけだ」
ラスタは再び左の掌を地につけ気を送り、黒衣の周囲に土煙を沸かせると同時に、風に身を乗せ一気に距離を詰め、白刃を振るう。
「よく避けるじゃないか」
黒衣は土煙を払うことを止め、瞬発的に大きく外へ飛び出して着地した。直撃は避けたが、その大きな黒布の一部が剣先に裂かれた。
「生憎オレに目眩ましなんて効かないんだよ‼」
十四番はそう声を荒げ、自らを中心に全方位に、すべてを薙ぎ払う勢いで無数の風刃を放つ。その張り上げた声には、先程までの嫌味ったらしい余裕がもう感じられない。
暴力的な無数の風撃をラスタ本人は風刃の連撃で対抗し、なんとか相殺して凌いだものの、地表を抉った風圧であちこちで接触型の罠が暴発した。
「すべて……消し飛ばしてやる」
……出鱈目すぎる。本当に土砂降りの雨のように、無限とも思わせるの光の矢が辺り一帯に降り注ぐ。先程より出力が明らかに大きい。その数も、一撃一撃の威力も……。
「ぐっ……」
頬、腕、足……。全力で回避行動をとっても、身体のあちこちを光の熱が掠め、傷が増えていく。熱い、痛い、ヒリヒリする。だが、まだどれも傷は浅く本当に掠り傷だ。これぐらいでは止まらないし、止まるわけにはいかない。本番は始まったばかりだ。
「アハハハハハハハ」
たか笑う十四番を余所に自らの被弾覚悟で回避を止め、掌を地に押し付け気を送る。残った罠を精査し、確認し、発動させる。黒衣のすぐ後ろで小さな爆炎があがり、さらに続けざまに指先から光矢を放つ。
「まだだ!」
ぎりぎりで光矢を避けた十四番に向かって、残ったありったけの罠を発動させながら、光矢を両手で交互に撃ち込み続ける。
「ぐっ……」
ラスタはもう回避行動をほぼ行っていない。小さな生傷が際限なく増えていく。そして遂に、背中に一筋の光矢がグサリと突き刺さった。他よりも太く鋭く、とても雨なんて呼べない一矢が。さらに光の雨の追撃が襲う。衣服はもう襤褸のようだった。
「そろそろ楽にしてやろう」
十四番が息を切らしながらも上機嫌な風にそう言うとほぼ同時に……「嵌まった」。
――ライラ、使うよ。
カキン
「ちっ、また……!」
ラスタが辛うじて放った光矢を避けた先で黒衣の者の足元が再び凍りついた。
「――咲き誇れ‼」
ラスタはありったけの気を送り込む。
(発動させるだけでは足りない。罠そのものの力を増幅させる!)
十四番の片足を捉えた氷は、其れを中心にミシミシと音を立てながら外へ、外へと大きく広がっていく。まるで花弁が徐々に開いてゆき、花が咲き誇るように。
「ライラの最高傑作だ。――とくと味わえ」
これらの罠に使われている「石」はすべてライラが作ったものだ。
彼女は火と凍の適性を持っていたが、一般的にこの対極の才を持つと力のバランスが不安定に陥りやすく、結果として出せる力が下がってしまいがちだ。同じ火と凍の適性持ちだが天賦の才を持つナルザと違い、ライラはそれを扱いきれなかった。近い年齢にナルザという明確な比較対象もいたことで、彼女に巫術の才はあまりないと思われていた。
だが、彼女には彼女にしかない特技――力を圧縮し、物に閉じ込める技能の才があった。おそらくその技能に関しては、大人も含めてこの里で右に出るものはいないだろう。しかし、それを知るものは少ない。本人とラスタだけがそのすべてを知っている。
――小さい頃から私は母の背に憧れていた。母は天性の術の才を持ちながら、その使い方があまりにも奇特で、突飛で、特異過ぎるために「光と風の奇術師」などといつからか称され、良くも悪くも奇異な目で見られることが多かった。そんな母だが、私にとってはとても眩しい、憧れの存在だった。けれどもその背中を直接追っても、私には決して、一生追いつくことはできないだろう。そんな私に新たな可能性を示してくれたのはライラだった。
小さい頃から我が家によく来て懐いてくれていた、愛らしい娘。ある時、その才能――彼女自身もまだ自覚していなかった才に気づいた。私たちは隠れてその能力を研究し続けた。ライラがその力の使い方を覚え、制御し、研鑽を積んでより質を上げていく。そして私がその使い道を発想し、追求し、色々な特性の「玩具」が生まれた。
基本的な原理はすべて同じ。ライラが巫力を封じた物体に何らかの刺激を与えると、封じられた力の楔が千切れ、破裂するように発動する。起動の鍵は物理的な衝撃で発動するもの、巫力――「気」を送り込むことで発動するものの二通りが主となった。そして悪戯程度のものから狩りに使えるほどのもの、綺麗なだけのただの遊び、……等など多種多様な罠――いや、「鉱石術」を編み出した。術を封じ込める触媒にする「物」は単純にできるだけ硬いものが適していた。故に大体が石や金属、偶然入手した強度の高い玉石の欠片などになった。それ故、私はライラのその技能を鉱石術と名付けた。
今使用したのは、私とライラの最高傑作「雪華」。ライラがいつか皆に幸せを与えるためにと言って作り始めた、ただひたすら綺麗な、美しい氷の華を咲かせるだけのもの。何年もの間少しずつ力を流しこみ、調整をし、やっとつい最近出来上がったばかりのものだった。
(……ごめんな、こんな使い方をして)
「こんなもの……!」
黒い影を中心に据えて大きく咲き誇った美しい氷の華。月光を浴びて煌めくそれは、もはや幻想そのもののように美しかった。
だが、黒衣の者は自らの足元を中心に火の円陣を発生させ、吠えた。
「爆ぜろ!」
爆炎が周囲の地面もろとも、月下の華を焼き尽くす。じゅわりと音をたてて一瞬で、氷の華は蒸発し、宙に儚く霧散した。
「残念だったな。オレの炎の前ではこんなもの……無意味だ!」
十四番はそう言ってさらに周囲の地面を焼く。いくつかの罠が暴発した。
「……そろそろ無駄な小細工も大体潰し終わったんじゃないか? そうだろう?」
「ほう、よくわかったな。確かに今のが本物のとっておきさ」
十四番はククッと笑いを漏らした。どうやら随分と心の余裕を取り戻してきたらしい。早計なことに。
「あんたはよくやったほうだよ……そんな傷だらけの身体で!」
アハハと高笑いしながら十四番が放った風刃を重ねた風刃でぎりぎり弾く。
「ぐっ……」
全身の無数の傷が灼けるような痛みを帯びていた。ぽたぽたと血が滴り落ちる。満身創痍としかいえない有様。故か、ラスタは十四番の放った風刃を技術で相殺はできたものの、地に片膝を崩れついた。
「……さーて」
黒衣の者は再び光球を宙に浮かべ、同時に前に突き出した片手の掌の前にも光を集束させ始める。
「……いい加減、観念しろ」
ラスタを囲むように円周を描いて光球が弾けた光矢が降り注ぐ。同時に掌の前に構えた光も輝きを増していく。――だが。
「フフッ」
そんな状況の中、ラスタは含み笑いを零した。そして問いかけた。
「なぁ、ちょっと寒くなってきてないか」
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