ラスタ・ウェ・ウォルは静観に徹することを諦めることにした。
今、この場に集まっている印持ちは九人。
最年長の齢十八のカルナは今はおとなしくしているが、すぐに癇癪を起こす厄介者だ。図体の割に臆病で神経があまりにか細いものだから、取り扱いが非常に面倒くさい。
齢十六セラは頭の回転も人柄も良く、本来は非常に頼れる人物のはずだが、彼女は常にカルナに付きっきりなために当てにできない。彼女がいるからこそカルナの暴発を抑えられている面もあるので、引き離そうとするのも得策ではない。
齢十六のナルザは本来このような場を引っ張ってくれる存在のはずだが、今はすっかり怯えきってしまった齢十三のイマリを宥めるのにかかりっきりだ。イマリは今となっては最年少だから仕方ないといえばそうなのだが、宥めているナルザのほうも、あまり調子が良さそうに見えない。
まだ齢十四にして、おそらくセラとナルザと同等、もしくはそれ以上に頭が回るであろうカナミは、元から表情を変えない人物故に、今も何を考え何を思っているかがまったく窺えない。あまりに表情を変えない彼女のことを石面などと呼ぶ輩もいる。
同じ齢十四のエリンも表情をなくしているが、これは今日の襲撃のことを考えれば致し方ない。それにしても、本当に人が変わったようになってしまっている。
齢十五のアズミは普段から何かと読めない人物だが、今は静かでおとなしくしているもののひとり明後日の方向を見ていて、余計何を考えているか分からない。
最後に同じく齢十五のライラは、イマリほどではないが不安そうに怯えて私の袖を掴んでなんとか平静を保っている。そんな彼女の頭を優しく撫でながら、ラスタは覚悟を決めていた。
他の年長組が動けないとなると、齢十七の私も消去法的に何かせざるを得ない流れになってしまうだろう。今まではそういう場面でものらりくらりと、上手く立ち回ってできるだけ傍観者でいることに努めてきた。……しかし、さすがにもう静観などしてはいられない。
ラスタには長の正妻への興味どころか、里の運命そのものへの興味も直接的にはなかった。「守りたいただ一人」の居場所を守る為にすべてを賭す。彼女はその覚悟だけを胸に携えていた。それは結局のところ里を守ることと同義でもある。ここまで事態が底知れぬ混迷に陥ってしまった以上、自分一人ではそのたった一人を守ることさえ、もう叶わないかもしれない。それ故、彼女は里全体の為にも動くことを決意した。
とうに陽が落ちてしまっていたので、今晩は全員がアル家邸宅に泊まることになった。そして明日、数人で連れ立ってエルの家を訪問することになった。エルの長女、リサの安全と刻印の有無を直接確認する為である。その役に、ラスタは自ら立候補した。
エル家への訪問組はラスタ、ライラ、カナミの三人となった。エルの敷居を一人で跨ぐことができるカナミは必須として、ラスタとしてはライラは自分の目の届く位置に居たほうが安全だとも思い、本人の希望もあって連れていくことにした。――後に、ラスタはこの判断を心の底から後悔することとなる。
パァーン
話し合いが終わりそれぞれが泊まりの準備などを始めた頃、唐突に、派手に頬を引っ叩く音が響いた。
「頑張りすぎなのはナルのほうでしょ!」
ラスタは驚いた。正面からナルザの頬を思い切り引っ叩いてそう言い放ったのは、ついさっきまで彼女に泣き縋って宥められていたはずのイマリだった。
「うん……そうだね、ちょっと休む……。エリン、ごめんね」
ナルザは最初は目を丸くしてぽかんとしていたが、やがてしおしおと消沈して、そう言い残して広間を出ていった。状況を察するに、どうやら自分の憔悴具合も考えずにエリンを励まそうとして自滅したらしい。
ナルザは気丈に振る舞おうとしていたようだが、ラスタの目からすると憔悴を隠しきれていなかった。いつも精気に満ち満ちている彼女でも、やはりこの状況は堪えているようだ。常に皆のことを引っ張り、「万能」などと呼ばれる彼女も、まだ齢十六の若い女であることに変わりはない。それを当の本人が弁えず頑張りすぎた結果なのだろう。
――それにしても……ついさっきまでひたすら怯えてナルザに宥められる一方だったイマリが、よりによってそのナルザの顔を引っ叩くとは……。もしかするとあの子は将来、なかなかに図太い人間に成長するのかもしれない。
(私にもそのうちそんな日がくるのかな……)
ラスタは未だ袖を掴んで離さないライラの頭を軽く撫でた。
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