(レミ姉さん……)
彼女と初めて会ったのはいつだったろう。もしかしたら物心つく前やもしれない。
彼女との一番古い記憶はいつだろう。確か一人で風を感じてぼやっとしていたら、話しかけられたんだったかな……? 歳いくつの頃だったっけ……。
彼女は一体……いつから私に恋心を抱いていたのだろう。私とちゃんと話せるようになった頃かもしれない、と言っていたっけ。どの道、それが幾年も幾年も前からだったことに変わりはない。
そんな想いを抱きながらも、アルトについて楽しそうに話す私に、いったいどんな気持ちで優しく微笑んでくれていたのだろう。何かあるごとに、何もなくとも度々彼の話をレミ姉さんにしていた。他に聞いてくれる相手もいなかったから。というより、作らなかったから。
弔式の襲撃以降、エリンはずっと呆けた様で自邸の縁側で風に当たっていた。それ自体はいつもとそう変わらないのだが、目が違った。ただ宙に視線を揺蕩わせているわけではなく、どこかを見つめているようだった。秋風は時間や天候によってはもうひんやりと肌寒かったが、そんなことは気にならなかった。
……レミが自分を庇って命を落としたことは当然悲しかった。でもそれ以上に、彼女が自分に恋心を抱いていて、ずっとすぐ側にいたというのに自分がそれにまったく気づけなかったことに、絶望していた。ちょうどあの前日に告白されていなければ……永遠にその想いを知ることすらなかったのだろう。
――私は。
私は彼女のことが大好きだった。家族以外では誰よりも長く一緒にいて……彼女のことはよく分かっているつもりだった。――つもりでしかなかった。それは思い上がりも甚だしい勘違いであり、その心の深奥に秘めた想いには一片たりとも触れられていなかった。彼女の一番大切な気持ちに、たとえ本人が隠していたとしても気づけなかった自分が、理解したつもりで何も分かっていなかった自分が悲しく、憎らしい。
事件の後、引き篭もったエリンのもとに一度だけ、何故かカナミが訪ねてきた。風に吹かれ、視線を何処でもない場所に向けて呆けているだけのエリンに対して、事務的な連絡と現状報告を行った。そして最後に、エリンを上から見下すように一言だけ。
「愛されていてよかったわね」
そう言って帰っていった。
普段無口で必要以上のことを喋ろうとしない彼女が、特に交流もない自分に何故わざわざそんなことを言ったのか。その意図も意味もエリンには分からなかった。――だけど。
確かに自分は愛されていた。それこそ命を賭すほどに。その気持ちに、ずっと近くにいながらも、最期の寸前に告白されるまで気づけなかった自分に、こんなことを想う資格はないのかもしれない。でも――。
――ねぇ、聞いて
許されたいなんて、言えないし言わない
だけど願わせて
どうか彼女にやすらぎを
もう一つお願い
風さん、どうか、彼女に届けて
ありがとう、って――
渦巻いた旋風は天を目指し、宙に解け、打ち上げられた木の葉はひらひらと地に舞い落ちた。
そのうちお墓ができたなら、今度は木の葉ではなく花を手向けにいこう。彼女の好きだった朝顔の花がいいかな。……あぁ、でももうすっかり季節が終わっちゃったか。
そして。彼女が自身の命と引き換えにしてまでも守ってくれたこの命。
――ごめんね。でも、私にも譲れない気持ちがあるの。
レミが死んでから三日後の早朝。元は紙ヒコーキに折られていた一枚の折り紙を手に、エリンは一人、屋敷を抜け出した。
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