桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月9日(木) 17:03
文字数:865

 道から逸れた人目に付かない、忘れ去られた古びた小屋。その中に身を潜めたカルナの心臓の鼓動は未だ落ち着きを取り戻していなかった。その左手の甲には三画の刻印があった。

 手の震えが止まらない。――明確な意志をもって他人ひとを傷付けた。殺す気で傷付けた。今になってその事実が心の中を酷くざわつかせる。

 気を失ったナルザの左手の甲、そこに描かれた刻印に短刀を突き立てると、それは簡単に短刀を抜けて肌を伝い、吸い取られるようにカルナの手に乗り移った。

「……でも、まだ三つなんだよな」

 まだ合計たったの三画だというのに、心が酷く締め付けられる思いだった。

(これをあと十二画分……)

 怖い。傷付けるのも傷付けられるのも。いったいあと何人とやりあえばいいんだ……。

「それにしてもすごいじゃないですか。初戦から一番の大物に勝っちゃったんですよ」

 セラはそう宥めるようにおだててくる。そうは言ってもとどめを刺したのは背後から氷剣を突き刺したセラだ。微塵も勝利した気はしない。ただ心の中の震えだけが残った。

「で、これからどうします?」

 今回ナルザに仕掛けたのはただの偶然だった。獲物を探して里内を移動しているとき、偶々たまたまらしくもない、呆けた顔でふらふらと歩いている彼女をみつけた。それがこの結果だ。一応勝つには勝てたが、次はどうする?

 ラスタは五画持っているが、重傷を負ってしまったがために屋敷で療養中であり、そう簡単には手が出せない。二画持つリサも、今はエルの家ごとたくさんの大人に厳重に見張られ軟禁されていて手がだせない。あとは……カナミ、アズミ、イマリ、そして――。

「一画二画ずつちまちまとか、もうまどろっこしい」

 ドンと叩いた木の壁が軋む。咳き込みそうなほど埃と塵が舞う。

(何度も何度も戦って、戦って……いちいちこんな思いをするのはもう嫌だ……!)

「あいつだ、あいつを探せ、どさくさに紛れてたくさん手にしている気弱そうなあいつ」

 心がざわついて落ち着かない、苛々する。もうこんなのはうんざりだ。さっさと、最短ルートで終わらせる。

「エリンだ。奴を探す、そして――すべて奪う」

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