「なっさけないわねぇ」
「うるせぇ……」
仮面を外し顔面蒼白になっている少女――十四番と呼ばれている黒衣を纏った少女は、もう一人の女の煽りに余計に苛立つ。
(くそ、ろくに戦えなかった上にまた反動がきてやがる。それにしてもあのガキ……)
「おい、アイツ何なんだよ、この前の雑魚とまるで別人じゃねーか。なんだよあの意味不明な強さ」
数日前にあのおねーさまに守られて何もできなかったガキが、どうしてあんな目をして、あれだけの意味わからん力を使い熟しているんだ? というかあれは何なんだ。
「んー、たぶん言霊ってやつだね」
「何だそれは」
「言葉を声に発してイメージを補強し、それを術で形にする……だったかな? 私もよく知らないけど、使い熟すと一人の人間が扱えていい領分を越えた力が手に入ってしまう。だから存在を消された技術、ってことだったと思うよ。何かで読んだ」
一人の領分を越えた力? それなら刻印だってそうだろ。オレはまだ七画持ってんのに、アイツはたしか四画だった。三画分有利なはずなのに、まるで歯が立たなかった。悔しいが、刻印の反動がくる前にさっさと撤退せざるを得なかった。
「それとあの子、カルナとセラから合わせて四画もらったから、今八画持ちよ。もしかしたら茶番の終わりも近いかもね。あー、つまんない」
「……」
オレが……あんな怯えて何もできなかったはずのガキに手も足も出ず、負け犬のまま終わるだと? あんな大した苦労も知らなさそうな、おっとりしたガキに、このオレが……?
「とりあえず、例の『手』は使わないと話にならないでしょうね」
ぽやっとしたまぬけから切り落とした刻印を宿した手。弔式襲撃の後、刻印の力を過剰に使い過ぎたせいか、体に反動がきて少々苦しめられた。だからあの娘の刻印は手ごと切り落として凍結保存して隠した。いつか必要になるときのために。――それが今なのか。
「それとあんたのその反動の重さ……やっぱ特異体質のせいもあるんじゃないかと私は思うな。その全属使えるとかいう、反則な適性」
この里の人間の誰もが生まれ持つ巫術の適性。オレの適性は一つは光で……もう一つが「全属性」だった。稀に特異な適性の子が生まれてくることはこれまでもあったらしいが、大抵は体が虚弱などの副作用も患っていたとか。おかげで幼くして亡くなることがほとんどだったようだ。オレには虚弱体質なんてないと思っていたが……こんな形で現れたか、畜生。
「私の術を使えば、一時的に感覚を麻痺に近い状態にして症状を抑えられるかもしれない。ただし、本当に一時的な誤魔化し。多分その後は今までよりきつく反動がくると思うけれど、どうする?」
…………。オレはあんな甘々と育てられたガキには負けない。負けるわけにはいかない。
「……頼んだ」
「承りましたー」
そう言って彼女は大仰なポーズをとって承諾を示す。うざい。だが、今はこいつの力が必要だ。
「たぶん、あの子も今あんたのこと探してると思うけど、もうちょっと休んだほうがよさそうね」
「あぁ……」
悔しいが、まずはさっきの疲労を少しでも取らなければ話にならないだろう。
――オレは負けない。絶望なんて知らずに温々と育ってきた里の奴らになんて、これ以上は敗けない。負けるわけにはいかない。
「……ところでだ。まだちゃんと聞いてなかったが、どうしてお前はそこまでオレに肩入れする」
「前に言ったじゃん。この里を滅茶苦茶にして欲しいからだって」
「その理由を聞いてるんだっつの」
最初に「こいつ」と出逢ったのは何年か前。その時は何もなかったが、先日、何やらおかしなことが始まった雰囲気を察して外をうろついているときに偶然に再会した。そして利害の一致ということで協力関係を結ぶことにした。
しかし、こいつはなぜこの里をそれほど憎む? オレには理由がある。家も里もすべて壊し尽くしたい明確な理由が。だが、こいつには何があるんだ?
「私はねー」
彼女は横倒しになって朽ちている太い樹の幹にぴょんと飛び乗り、両手を広げ空を仰ぐ。
「私はこの里が嫌い。
たくさんの仕来りだか慣習だかに縛られ、思考を止めたこの里が嫌い。
進んで引き籠もってるくせに、すぐに血がどうこうとか煩いこの里が嫌い。
血が濃くなるのを怖れてるくせに、外から人を呼ぼうとしない馬鹿さ加減が嫌い。
そもそも外をまったく見ようとしないことが嫌い、愚かしい。
今の生活で満足している? 何でも此処で取れるから必要ない? いつまでそれが通用すると思ってるの?
最初から切って捨てて外を見ようとせずに内側だけで、この小さな箱庭の中でしょーもないことであーだこーだしてるばかりのこの里が嫌い。
外の世界が素晴らしいものかどうかは知らない、分からない。だって、そもそも情報がほとんどないんだもの。
だけど、こんな息の詰まる狭い箱庭で短い一生を過ごすなんて、冗談じゃない。
だから……いっそぜーんぶ無茶苦茶になってくれたら嬉しいんだ」
彼女はこちらを振り返って、ニッコリと笑みを浮かべ、続けた。
「今更外の世界に出られるかなんて分からない、出てもすぐ死んでしまうのかもしれない。それでもね、私はね、この陳腐な箱庭が潰れてくれたらそれだけでもまーんぞくなの」
彼女は満面の笑みを浮かべてそう言った。何の陰りも含まない、本当に満面の笑みで。
「……お前も大概狂ってるな。しかもさっぱり理解できん」
求める結末は同じだというのに。
「あんたと違って私は守りたいものなんて本当にひっとつもないから、もしかしたらあんたよりよっぽどたちが悪いかもね」
そう言って彼女はクスッと悪戯っぽく笑った。――守りたいもの、か。黒衣の少女の脳裏に、一人の少女の顔が過る。
「さて、私はちょっと時間稼ぎとかしてくるよー」
彼女はぴょんと樹の幹から、軽快に飛び降りた。
「それとね、何か仲間割れ工作とかできないか試してみるよん」
……確かにこいつはオレよりたちが悪いかもしれない。意地が悪すぎる。こんなげすいことを本当に心の底から楽しそうに口にするなんて、オレが言うのもなんだが、正気じゃない。オレは別に楽しいからやってるわけじゃない。――ただ、気が済まないだけだ。
「カルナとナルザとの戦いとか面白かったのになー、エリンとの戦いもそういうの期待してたのに、あのデカブツにはがっかりだよ。……だからまたちょっと面白いものないか探してくるね」
彼女はそう言いながら後ろに手を振り、仄暗い山間の祠を後にした。
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