――出鱈目過ぎるだろ。
早々にその場から身を引いたアズミは自らの企みを狂わせるその存在を思い返して、ぎりりと歯軋りをする。
エリンとそれに相対したリサの双子の妹――リゼ。リサと同じ美しい銀の髪を首元までで短く切り揃えた、リサと同じ顔を持つ少女。ただ、その金色の瞳のみが違っていた。
現在エリンは八画、リゼは七画の刻印持ち。そしてエリンは言霊を使い、リゼは生まれながらの全属適性持ちという規格外。
戦端が開かれる直前、アズミはリゼの背後を通り過ぎざまに一瞬頭に触れ、例の術を施しておいた。これできっとエリン戦の間ぐらいは刻印の反動の影響を考えずに力を使えるだろう。後の反動は今までよりいっそう酷いものになると思うが、まぁ、私の知ったところではない。
此処は山中の忘れられた小さな祠の前。主に山の神を信仰するこの里だが、年月を経るに連れその信仰の形は変わってゆき、このように今は忘れられた祠がいくつかある。アズミは以前、里の歴史や成り立ちを調べているときに偶然ここで彼女――エルの娘の片割れ、リゼに出会った。まだアズミが齢十ぐらいの頃だった。
その時に彼女の正体をある程度聞き出し、誰にも何も言わないと告げて、それっきりだった。……そういえば、あの時外に出るなら顔を常に隠しておけと私が言ったんだったか。
そして今回の儀式の開幕後、約五年ぶりに再会し、利害の一致から協力関係を結んだ。それからはこの忘れられた祠のある小さな、雑草だらけの山間の広場を合流場所としていた。
静寂を常としていたあの寂れた霊場は、雷火凍風光とすべてが入り交じる戦場と化した。
風を纏って常に、もはや人とは思えない異様な動きで回避と受け流しをしながらも風の刃を打ち込み続けるエリン。対して攻撃こそ最大の防御とばかりに爆火、雷矢、光矢、冷圧と様々な属性の隙の小さな技をこれでもかこれでもかと打ち続け手数で戦うリゼ。その技の一つ一つは本来たいした威力のないものだが、七画の刻印の力を加減なんて考えることなく全力を引き出したそれは、すべてが必殺に近い一撃と化していた。
「喰らえやぁ!」
エリンの周囲、全方位に火球の群れが発生し、彼女目掛けて炸裂する。……爆火の火種を上手く撒いて囲んだか。しかし……。
「空へ――」
その風圧、炎、熱、すべてが呆気なく空に向かって流され、散った。これが言霊の力なのだとしたら、禁忌とされ存在を抹消されたのも納得がいく。本来おっとり者だったエリンだからまだいいものの、性格に難のある奴がこの力を使えてしまえば……。
そこでついクスッと笑ってしまった。つまりあの力を私のような人間が持ってしまえば、大変なことになるというわけだ。
「これで……終われぇぇ‼」
これまでも大いに敵を苦しめてきた彼女お得意の光の雨。圧縮された光球が弾けると夥しい数の光矢が土砂降りの雨のように降り注ぐ。風では光は防げない。
だが、その技はエリンも今まで幾度も見てきている。まだ守られるだけで抗うこともできなかった弱虫の頃から。――今、彼女はその弱虫だった少女ではない。
――天、支配する雷よ。
エリンは光の雨をすべてぎりぎりで、完璧に避けきりながら言葉を紡ぐ。
――過ぎた巫山戯に、お叱りを。
ズガガガァーン
轟音と衝撃が周囲を圧した。上空から小さな雷を自分たちの周囲に複数落としたらしい。離れていたアズミは咄嗟にうつ伏せになったが、耳が痛くなるほどの轟音だった。
戦場の中心を見ると、リゼは――あの小さな、無数の小さな落雷の中心にいたリゼは、へたりと地べたに座り込んで放心していた。対するエリンは相変わらず風の衣を纏いしまま平然と、まるでふわりと宙に浮いているかのように立っている。リゼの残った光球は制御を失い、その力を周囲に散らして消滅していた。
「く、そ……こんな子供騙し……」
気を取り戻したリゼは虚勢を張って立ち上がろうとするが、足が震え思うように立てない。さすがにあれは子供騙しで片付けていいものじゃない。ずっと風ばかり使っていたが、エリンは本来風と雷の使い手。言霊の力を雷に使うこともできてなんら不思議はないのだが、それを今まで伏せていたことも侮れない。力の奥底がまるで読めない。
「畜生!」
「――お願い」
リゼの破れかぶれの風刃の一撃はエリンが軽い一言と共に指先から放った風刃とぶつかり、宙に解け、消えた。
(――そろそろかな)
どさくさに紛れ、祠の裏から取り出してきた例の物。でも、これ持ってるの冷たいから嫌なのよね。
「アズミ、寄越せ!」
リゼが叫ぶ。はいはい、どうなっても知らないよ?
その物体を包んでいた布の結び目を解き、リゼに向かって放り投げる。空中で布が剥がれ中身を露わにし、リゼはそれを片手で受け止めた。
ライラ・ウェト・アルマの左手。そこには確かに刻印が二画刻まれていた。
「オレは……こんなとこで負けるわけにはいかないんだよ‼」
だが、彼女の願い虚しく……それはパリンと砕け散った。言葉通り、ただの氷が割れるよりも細かく、その凍りついた手は砕け散った。肉片も、血の一滴すら残さずすべて粉々に、目で捉えることもできない程の塵と化して、宙に溶けた。
「おーい、刻印はどうなった?」
アズミがそう問いかけると、リゼは訳が分からないといった顔でこちらを向いて「ない」とだけ言った。
「刻印の力は自然に……御山に還ったようです」
エリンがそう告げた。きっと生きた体から長く乖離していれば、その刻印は力を無くし――いや、力を留めておくことができなくなるといったとこなんだろう。そして限界を超えるとその宿っている肉体の欠片ごと分解し、跡形もなく消え散る。そんなところか。
「畜生! 畜生! 畜生畜生ー‼」
がむしゃらに攻撃を放つリゼ。リゼの最大のアドバンテージである全属の多様な術技も言霊という規格外には対抗できず、刻印の数でも負けている。刻印の補充も失敗した。おまけにいつ強烈な反動に襲われるかも分からない。
――詰みだ。
まだ決着はついていなかったが、アズミはひっそりと、その場を後にした。
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