(……気分が悪い)
エリンはアルトとレミ以外の人間にあまり興味はなく、人の輪に入るということをろくにしてこなかった。実質、他人を避けていたようなものだった。それがこんなたくさんの人で混み合った場所にいきなりやってきたものだから、すっかり人に酔ってしまった。
アル家の屋敷は屋内の控室は元より、広い前庭にまで人がごった返していた。小さな里とはいえ、すべての家から最大四人ずつ集まるわけだから、なかなかの人の量になってしまう。
弔問は順番が予め決められており、それに沿って中に通される。近々亡くなる事が分かっていたおかげか、式の準備、段取りが手早く、正午前から順に奥に通され始めた。
エリンはその少し前ぐらいに訪れたところを、まずナルザに捕まった。エリンのウルカ家は弔問の順はかなり遅くに割り振られていたため、本来はもっと遅く来てもよかった。
「全員の安全をできるだけ確保する為、弔式場には早めに来場するよう、願います」
朝、首長の訃報と弔式の通達が来てから間もなく、ナルザの家からも使いが訪れそんな言伝を受け取った。それで仕方なしに言伝通り早めに訪問したところ、すぐにナルザに捕まり、昨日のことを事細かに聞かれ、労りの言葉を貰った。
弔問の順番はまだ当分先だったので、エリンは人混みから逃げるように、庭の端の塀の陰で休むことにした。前庭にも順待ちの弔問客用の椅子がいくつも出されていたが、エリンは地べたに座ってひんやりとした塀の内側に凭れ掛かっていた。後でそれ用の控室で正装に着替えることにしていたおかげで、軽装でいられたのがまだ救いだった。両親は挨拶回りなどで揃ってどこかへ行った。ちなみにエリンの家は未だ男児に恵まれていないため、エリンと両親との三人での訪問だった。
しかし、これだけ端のほうに逃げて来ても、塀に囲まれほぼ閉じられた空間に人が祭りほどに溢れ、行き来している様はエリンには息苦しかった。何か自分の居場所がない、自分の居てはいけない場所に居るような気がして、すぐにでも外へ飛び出したかった。
「エーリーン!」
気分は悪くなる一方で、くったりして呆けていると、よく耳に馴染んだ声がした。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
昨日の今日でどう対応していいのか分からず、内心慌てふためいているエリンに対し、レミは何事も無かったかのように、いつも通りの笑顔でエリンに話しかけてきた。面倒見の良い、ただの優しいお姉さんだったレミとして。
「……ちょっと人に酔ったみたい」
「やっぱりねー。ほんと人多いの苦手だよね、エリンは」
レミはそう言って、普通に年下の子を扱うようにエリンの頭を撫でてくる。
(なんで……なんでそんな、いつも通りでいられるの……?)
――私は……私は未だ答えを出せていない。レミ姉さんのことは好きだ。でも、私と彼女の「好き」はきっと違う。なら、答えは分かりきっているはずなのに、それを選べない。だって、大好きなレミ姉さんのことを悲しませたくない。もし、彼女が喜んでくれるなら、それなら私は……。
(……ううん、たぶんそれも違う)
自分を偽って答えを出したとしても、きっとそれは良くないことだ。それにレミ姉さんなら簡単に見抜いてしまうだろう。それならやっぱり答えは決まっているはずなのに……どうしてもその答えを選べない。
レミ姉さんを悲しませたくない、悲しむところを見たくない。そうしてしまったら私は……。
――あぁ。
(そうか、私、ただ怖いだけなんだ……)
悲しませてしまうだけじゃなくて、その後、これまでの関係が壊れるのが怖いんだ。レミ姉さんの為なんかじゃない。私は怖くて、ただ怖いだけで何も言えずにいるんだ……。
だったら……ここはきっと、頑張らないといけないところなんだろう。勇気を振り絞らなければいけないところなのだろう。
(でも、怖い……)
「エリンー?」
「え、はい」
「どしたの、寝ちゃってた?」
(怖い、でも答えを、答えを言わないと……)
「ね、ちょっと外行かない?」
意外にも、レミ姉さんの方から誘ってくれた。むしろ、危ないから外には式が終わるまで一切出るなって、言ってきそうなところなのに。
レミは顔を近づけて耳打ちした。
「今ね、刻印持ちは全員この屋敷の敷地内にいるの。だから二人だけで外に出ても安全だし、もし何かあってもこの距離だから、すぐ誰かに気づいてもらえるだろうし、大丈夫よ」
エリンはレミのお誘いに甘えることにした。
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