桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月4日(土) 05:03
更新日時: 2021年9月6日(月) 01:33
文字数:2,239

「もう一度確認します。彼女の手の――右手の甲には確かに刻印が一画も、少しの跡も無かったのですね」

「はい、確かに何もない……普通の少女の……手……でした……」

 カナミは血色の悪い、青ざめた顔をした義母――父の側妻の一人――に確認を取った。

「ありがとうございます。辛い役目をお任せして申し訳ありません。よく休んでおいてください」

「そうさせて頂きます……」

 これでカナミもサリャの手の刻印が完全に消失していたことを把握した。できれば自身の目で確かめに行きたかったものの、今外に安易に出掛けるのは危険と判断して義母の一人に遺体を――惨殺されたというサリャの遺体を――確認してきてもらった。自身が外出するならば護衛を最低二人は付けたいところだったが、人手が足りなかった。カナミ自身の巫術は戦闘するには不向きなので、こうなってしまっては下手に外を出歩けない。

 ――想定していた最悪の事態が、やはり発生してしまった。

 まだ確定したわけではないが、おそらくは対象を殺害することで、本来奪うことができないと説明された最後の一画まで、刻印を根刮ねこそぎ奪い尽くす事ができるようだ。とんでもない真実を伏せてくれていたものだ。

 カナミは「人の心を気取る」という闇属あんぞくの能力を有している。頭の中で考えている事の委細を正確に知ることまではできないが、何かを隠していれば「隠している」ということ自体は認識できるし、その隠し事の「重み」もある程度は把握できる。また、嘘をついているかどうかはほぼ確実に見抜くことができるので、それを忌み恐れられ、珍しい瞳の色にちなんで「看破かんぱ紫眼しがん」などと陰では呼ばれている。それ故、カナミは刻印の遣り取りの説明の折に、ハルキが何か伏せていたことは分かっていた。そしてその可能性として、この事態も想定はしていたものの、いざ現実になってみると……。

(――吐き気がする)

 この狭い里の中で死のうたげなぞ始めてしまえば、いったいその後どうなってしまうことか。

 カナミには是が非でも、尽くせる手段のすべてを尽くして最後まで残って勝者を目指す、譲れない理由があった。だが、想定でき得る中で最悪の、おぞましい事態がこんな早々に起きてしまった。

 刻印持ちの中でも特に若いサリャ。その彼女のまだ幼さ残る肢体は無残な姿に変わり果てていたそうだ。遺体は身体からだ中にいくつもの穴が穿うがたれ、血は既に赤黒く固まり、内蔵は破れ骨は露出し……とても見るにえない状態だったという。見に行ってもらった義母には悪いことをしたと、心底思った。

 しかし、そこまでの凶行を……あの中の誰かがやったと? この平和すぎる里で育っておいて、ただ殺すだけならともかく、そこまで残虐な形で……?

 今回、儀式に選ばれたのは十三人。

 齢十八のカルナ・イェ・イル。

 齢十七はラスタ・ウェ・ウォルとレミ・イヴ・ウルザの二人。

 齢十六もナルザ・ラム・ウェルとセラ・ウァズ・アリスの二人。

 齢十五、ライラ・ウェト・アルマとアズミ・ワル・アルメスの二人。

 齢十四、エリン・ウォ・ウルカに私、カナミ・イェ・ウル。そしてあの刻印を配られた場におらず、先に施されていたリサ・ウ・エル。

 齢十三、イマリ・エス・ウェルトに今回殺害されたサリャ・ルム・イルヴァ。

 齢十二が最年少でハレ・ラ・ウェルス。

これで合わせて十三人。死んだサリャと自分を抜いて残り十一人。あの中にあれ程の凶行に及んだ人物がいるというのか? ……考えるなら、今まで知っている彼女らの人物像の先入観は取り除くべきだろう。

 遺体の見つかったその場には凶器らしき物はなかったものの、発見時、周囲は水浸しだったという。おそらく凍術の使い手の仕業だ。近くには小さな用水路も通っていたし、当日の早朝には雨が降ったいたせいで(ウェル邸宅が鎮火する直前だったらしい)土もまだ濡れていた。氷の凶器を作る素材には事欠かなかっただろう。

 凍術は水さえあれば自前で、その場で物理的な凶器を生成できる。刻印持ちの中で凍術を扱えるのはセラ、ナルザ、ライラ、アズミ、イマリ、ハレ、そしてカナミと七人もいて、特に多い。それ故、容疑者がすぐに絞り込まれるようなことはないだろうが……。

 しかし、そもそもの話として、直接手を下したのが凍術の使い手だったとしても、それが印持ちの犯行とも限らない。二人組で一人が氷を使って獲物を殺害し、もう一人が刻印を奪う。そんな手段も有り得るのではないか? 屈服、心を折る等といった心理的要因に関係なく刻印が奪える以上、「誰が」直接手を下したかは関係ない可能性が出てくる。

 私は是が非でもこの儀式の勝者となりたい。けれど、たとえ勝利したとしても、その一時ひとときの幸福で満足する気はさらさらない。私はもっとその先の未来も欲しい。だが、このまま血にまみれた狂宴が続くようならば……その勝利の先に、果たして未来はあるのだろうか。状況次第では私の手だって血で汚すことになるかもしれない。

 ……ともかく、まずは生き残る。そして私自身ができ得る限り、いらぬ恨みを買わないように立ち回ろう。静観しつつも刻印を集める手段を模索し、隙あらば他の刻印持ちからできるだけ平和的に、友好的に交渉し、穏便に集めてゆく。そんな手緩てぬるいやり方では、誰かに――下手をすると殺人鬼に出し抜かれたまま、勝者の座を失うかもしれない。けれども、欲張って勝利の先の未来をも望んでいるのだから、そのリスクも致し方ない。

 ――それにしても、だ。

「最初に闇に飲まれたのは誰なのかしらね」

 カナミはぼそりと小さな声で呟いた。

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