「……どういうことだ」
素顔を隠す木彫りの仮面の下で、黒衣纏いし少女はアズミを睨めつける。
「いやね、この嬢ちゃんに先手打たれちゃってね、細工も無しじゃ私に勝ち目ないじゃん? だけど私に興味ないからあんたのところに案内しろって言うの。まぁ、しょうがないじゃん?」
まるで悪びれる様子もなく、アズミはそう言って肩を竦め両手を広げる。
――頭を空にしておけ。
アズミの態度にイラッとすると同時に急に妙な声がした。……違う、声じゃない、頭の中で言葉が鳴り響くような感覚がした。アズミの方を見ると軽く片目を瞑って肯定する。
(……例の術とやらを掛けてくれるってことか)
まぁ、遅かれ早かれこの時は来るんだ。反動疲労も少しはとれた。今ここがケリをつける場面なのだろう。この死に損ないとのケリを。
「仮面の方、戦いに臨む前に一つお願いがあります」
「……言ってみろ」
「その七画の刻印のうち……譲渡できる六画、それを私に譲っていただけませんか」
エリンというひとりの少女はそう言って、軽く笑んだ。
「……は?」
何を考えてるんだこのガキは。ちらりとアズミを見遣ると今にも大笑いしそうなのを必死に堪えていた。
「お前……自分がどれだけ馬鹿なことを言ってるか分かってるのか? オレはもう何人もぶっ殺してる殺人鬼だぞ? そんな話が通じるとでも思ってんのか?」
だが、穏やかな微笑みを浮かべた少女は動じない。
「やはり……応じてはいただけませんか」
「アハハハハ!」
アズミはまだ我慢しているが、仮面の少女はもう我慢しきれず派手に笑い声をあげた。
「当たり前だろ、オレが何してきたか本当にわかってんの?」
「……そうですよね」
エリンは少しだけ悲しげな表情を浮かべそう言った。……本当に、どう育てばこんなおめでたい思考回路になるのか。オレは本当にこんな奴相手に敗走したのか?
「話せば分かる! 平和的に! ……とでも思っていたのか? アハハハ」
笑いが止まらない。アズミもエリンの死角で必死にひーひーと笑いを堪えている。もう我慢せず大声出して笑っちまえばいいのに。
「うーん、でも、もう少しお話したいので……先にその仮面、取って頂けませんか?」
一瞬で笑いが引き、真顔になったのが自分でも分かった。
「なんだ、そんなにオレの素顔が気になるか?」
「そういう訳でもないんですけど、やはり顔と顔を突き合わせて話をした方が、まだ意味がある気がするので」
再び仮面の少女はクツクツと笑い出す。
「だから馬鹿かっての、話し合いもくそもあるかよ、いい加減わかれよ平和ボケ」
笑い続ける仮面の少女に向かってエリンはただ、呟いた。
「――その仮面の下、見させてもらいます」
次の瞬間パキンと、今までずっとその怪人の素顔を隠し通してきた白木色の仮面は呆気なく縦に真っ二つに割れ、ぽとりと秋の落ち葉の積もり始めたばかりの地面に落ちた。
「あー……やっぱり……。それにしても似てますね。――あぁ、そうか。ただの姉妹じゃなくて、双子ということですか」
瞳の色以外、すべてがリサ・ウ・エルと瓜二つの顔を持つ少女は、決してリサがすることはないであろう、恐ろしい面様でエリンを睨みつけていた。
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