さて、今のところ有力な勝者の候補はエリンとカナミの二人。エリンは既に八画集めたが、カナミもどうやら上手く立ち回って着々と刻印を回収しているようだ。まったく小賢しい女だ。だが、単純にこの二人をぶつけてもつまらない。結局どちらが勝っても一気に儀式の終わりに近づくだけ。
「さーて、どうしたものかなー」
ラスタが健在なら良かったのだが、とても動ける状態じゃないし、おそらくもうカナミの手が回っている。あいつはライラの為であれば、文字通りなんでもするだろうから利用できないのが残念だ。イマリなんかもナルザにすっごく懐いてたしなぁ、焚き付けたらカルナに殴り込みとかしてくれないかな?
そんな思わず顔がニヤついてしまうような愉しい妄想も、いつまでも続けてはいられなかった。――あぁ、ほんと、イレギュラー過ぎるよ、おまえ。
「見つけましたよ、――アズミさん」
長年手入れもされておらず、獣道とまでは言えないが好き放題に雑草が侵す荒れた山道脇の茂みから現れたエリンが、アズミの前に立ち塞がった。いつからいたのか、急にふわりと眼前に現れたような気がした。まるで風の様というか、この山の薄暗がりでは幽霊のようにと言い表したほうがよいかもしれない。
「あら、こんなところで奇遇ね。まーた一人で出歩いて危ないじゃない……ってそれは私もか」
「――あなたですよね、手引きしている共犯者さんって」
……本当に一番の計算違いはこいつだ。ぼーっとしていて、世間のすべてに興味のないような、そんな奴だったはずなのに。予定を大きく狂わせてくれたこいつを、これからどうやったらじわじわと嬲れるか、頭を捻らせようとしていたところだったというのに。
ふぅー、と一呼吸いれてアズミは表情を作り直す。
「なんでそう思ったのかなー?」
ニコニコと笑みを浮かべながら問う彼女の目はまったくもって笑っていない。対するエリンは無表情ながら真っ直ぐな意志を持った目で、彼女の目を真っ直ぐ見つめ返す。
「今ここにきて確信しましたが……アズミさん、あなたの左手の刻印、本当は一画しかありませんよね?」
はぁ……と、大きな溜め息をついてから、アズミはそれまでのニコニコとした作り笑いを下げ……ニタニタとした、今の彼女の本当の笑みを露わにした。
左手の甲を縦に晒し、そこに刻まれた刻印を右手の指で拭き取るように擦る。二画のうち、一画の刻印の姿が掠れた。
「顔料やら色々混ぜて上手く描いたつもりだったのになぁ……なんで分かったのかなー?」
ニタニタとした下卑た笑みを浮かべ、アズミは訊ねる。だが、やはり目は笑っていない。一応は笑みを浮かべているはずなのに、並の少女なら恐怖で逃げ出してしまいそうなほどに怖ろしい敵意をその瞳は帯びていた。
「私は一度目のカルナさんとの戦いで初めて言霊というものを実戦で使い、それ以来、どうも気の流れ? や存在といったものに対する感覚が鋭敏になっているんです」
エリンは丸っきり怯む様子も見せず、その視線の先にアズミの悪意に満ちた目を捉えたまま話を続ける。
「そして私とカルナさんとの二度目の戦いのあとあなたが現れた時、酷い違和感に気づきました。気の存在感が――あなたの刻印の存在感が明らかに薄かったんです。
あの時あの場にいたのは、まだその時は三画を持っていたものの気を失っていたカルナさん、二画温存していたセラさん、そして同じく二画を持っているはずだったアズミさん。一番刻印の気配が強いのはカルナさんでした。そして次はセラさんで、二画同士ならアズミさんも同じぐらいの存在感を持っているはずなのに……その差ははっきりと分かりました。疑いようもないほどに、あなたの持つ刻印の存在感だけが一番弱かったのです。
共犯者の存在と、なぜか刻印の数を誤魔化す人。――馬鹿な私にだって分かります。あなたはその刻印の一画をあの弔式の時点で既に十四番に譲渡していた。そうですよね? それなら数の計算が合います」
ククッ
ここまでくるともう、思わず笑いを漏らしてしまう。もっと歳上層やカナミならまだしも、まさかこんなボケた奴に看破されるとは。
「あぁ、そうだよ、私が奴を手引きしていた共犯者様さ。正解おめでとう!」
アズミはそう言って、両手を広げてアハハハと高笑いをあげる。
「さーて、それが分かったところでどうする? 最後の一画、無理やり奪い取るかい? それともいっそ私を殺してしまうかい? あぁ、それが一番手っ取り早いだろうね!」
このガキは馬鹿火力のカルナを正面から打ち破った。万全の調子ではなかったとはいえ、十四番をも圧倒した。もしまともにぶつかれば、私に勝機なんてない。それならできる限りこいつの精神に揺さぶりをかけ、闇術で付け入る隙を作る。他に手はない。
だが、今のエリンは軽く笑んでいるはずなのに、そこには喜びも怒りも哀しみも、憎しみもありはせず得体が知れず、アズミは付け入る隙をまるで見出せず、焦りが加速する。
「私はあなたに興味はありません」
――は? 十四番という殺人鬼に協力していた裏切り者の、この私に興味がない、だと? 奴と協力していたということは、レミの仇と変わらないんだぞ?
「私は仇討ちをしに来たわけでも、正義のために来たわけでもありません。ただ……八つ当たりをしに来ただけです。だから、私を十四番のもとに案内してください」
……分かった、いいだろう。これはこれで面白いかもしれない。
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