「あーもうわけわかんねぇ!」
カルナはそう吐き捨てて煙管を壁に投げつけた。お気に入りだったはずのそれは壁に弾き返され、ぽっきりと二つに折れて床に投げ出された。
「十四番目どころか共犯者ってどういうことだよ‼」
これまでの経過を頭の中で整理しようとしたものの、苛々が止まらずまるで纏まらない。そしてその感情のぶつけ先もなく、余計にカルナは苛立っていた。
昨夜のラスタの大立ち回りは既に彼女の母によって、その詳細が全ての関係者に知らされていた。もちろん十四番の共犯者の存在についても。
「誰が勝者とかもういいからさぁ……さっさと終わっちまえばいいのに……終われよ……」
カルナは床に寝転がって天井を仰いだ。床の冷たさのおかげか、苛々が落ち着いてくると、今度は疲弊感と虚脱感、そして不安が心の表層に満ちてきた。だが、そんなどんよりとした感情はすぐにどこかに立ち消えることとなる。ずっと床に正座したまま黙って何か考えごとをしていたセラが唐突に、とんでもないことを口にしたからだ。
「――姐さん、私がやりましょうか?」
(ん、何を?)
「姐さんがそんなに今の状態が嫌なら、辛いなら……私がさっさと十五画集めて、この茶番を終わらせましょう」
セラはいつも通り、カルナにだけ見せる穏やかな微笑みを湛えたままそう言ってのけた。
――一体何を言っているんだ?
表情はにっこりと微笑んでいるが、その目は笑っておらず、真剣そのものだった。カルナには分かる。これは本当に、本気の目だと。
「だって姐さん、怖くて、不安で、日々怯えるのがもう辛いんでしょう?」
心の内の痛いところを突かれた気がした。
(怯え……? あたしは……怯えているのか……?)
「姐さんのストレスもそろそろ限界でしょう。だったら私がもう、さっさとすべて終わらせてきます」
……いやいや、いきなり何故そこまで話が飛躍する? しかも、あたしの為とか何馬鹿なことを言ってるんだこの娘は。
「そもそもまず何する気なんさ。そんなさらっと終わらせられるもんなら誰も苦労しねーだろう……」
はい、と彼女はカルナのほうに改めて向き直って、続ける。
「ですから私の打てる手、その手段のすべてを用いて終わらせてきます」
これはマジだ。大マジだ。普段はあまり見せないが、芯の強いセラが一度こうなると誰も曲げることなんてできない。……待て、今、すべての手段とかなんとか言ったよな?
「アンタ……人を殺す気か?」
「――もし必要とあらば」
セラは穏やかな表情のままさらりと言ってのけた。背筋がぞわりとした。
――違うそうじゃない、あたしはそんなこと望んでない。
セラは優しい。普段はあたしに引っ付いているせいか、一緒くたに遠巻きにされることもあるが、あたしと違って他人を気遣える、本当に優しい娘だ。こんな出来損ないの不良娘と違って頭もいい。才女だ。そんなよくできた娘に好かれ懐かれている自分は幸せ者だ。
――だというのに。こんな時までも、すべて任せっきりでいいのか? しかも、その手を血で濡らすことも厭わないと言う。さらに言うなら、その血はよく見知った顔の誰かのものかもしれないのに。いつも迷惑ばかりかけて世話ばっかり焼かせているが、あたしはこれでも一応は姉貴分だ。少なくともそのつもりだ。自分の手を汚さずに、こんな良い娘に汚れ仕事を任せていいのか……?
「……やめろ」
カルナは強い語気で一言そう言って起き上がり、真っ直ぐにセラの瞳を見つめた。揺るがない本気の目。それを止めるにはもうあたしが腹を括るしかないのだろうと、カルナは覚悟を決めた。
「アンタはやらなくていい」
そして一呼吸置いて自分の心に気合をいれ、鼓舞する。
「――あたしが自分でやる」
自分でも一体何を馬鹿げたことを言っているんだと思う。でもセラ、アンタよりマシだ。
それを聞いてセラはその穏やかな表情を少しだけ曇らせる。
「いえ、いいんですよ、わざわざ姐さんがやらなくても。いつも通り昼寝でもして待っていてくれれば、その間に全部、全部終わらせてきますから」
「アンタだけにこんな汚れ仕事させられっか」
「ですが……」
「それに、だ」
カルナはまた一呼吸おいて、自分に言い聞かせるように、力強く言った。
「あたしはこれでもアンタの姉貴分だろ?」
こうして里一番の利きかん坊で一番の臆病者は、引き返せない道への一歩を踏み出した。
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