勝敗がつくまでそう時間はかからなかった。セラはその一部始終を見守っていた。
カルナの猛火はセラが今まで見てきたいかなる炎をも圧倒していた。火術で扱う火はあくまで強力な高温によって何かを発火させることを起点とする。カルナの場合はそうそう燃えないような空気中の塵まで発火させるが……今の炎はそんなものじゃなかった。その猛火――いや、もはや業火は一体何を燃やしているのかもう分からなかった。
両手を前に突き出すように、掌を構えて創り出した特大の炎は渦巻いて、宙に球体を形作る。熱気で周囲の視界が歪んで見える。その猛る炎球をエリンの作り出す風壁に対して、何の小細工もなしに、ただ真っ直ぐ、真正面から全力をぶつけた。
業火の勢いはまるで尽きるを知らないかのように思えた。エリンを護る風の防壁は確実に炎を外側へ、外側へと受け流し続けているのに、その灼熱の炎塊は防壁をじりじりと蝕み続ける。これは刻印の力? それとも本来カルナが持つ力? いったいあの尽きない炎はどこから生み出されているのだろうか。まるで御伽草子の魔法のようだった。
だが、エリンはさらに上手の存在だった。風の防壁を維持したまま空に向かって空いていた左手を掲げ、渦巻くもう一つの風の奔流を生み出した。その奔流は上空からカルナの炎球に喰らいつき、――喰い破った。あれは蛇? いや、竜?
業火は弾けて膨大な火の粉を散らし、尚暴れる風の奔流にカルナのその大きな躰は吹き飛ばされ宙を舞い、地に叩きつけられた。
「がはっ……」
そのままカルナは身動きを止めた。セラは飛び出したい衝動を必死に堪えた。まだだ、まだもうちょっと待つんだと、自分に言い聞かせて。
「降参してくれませんか?」
エリンは地に仰向けに倒れたままのカルナに問いかけた。
「……やなこった」
軋む身体でカルナは地べたに手をつき、残された力を振り絞り起き上がる。そして我慢の限界を越え、駆け寄ろうとしたセラの方に向かって手を伸ばし、掌で制止する。
「今、私はあなたの全力の炎を打ち破りました。それでもまだ……足りませんか?」
「あぁ、足りないね」
カルナはニヤリと笑んだ。
「あたしの心はまだ折れていない、この刻印が欲しけりゃ……あたしの心を捻じ伏せてみせろ‼」
ズガァァーーン
カルナがそう啖呵を切ると同時に視界が閃き、稲妻の迸る轟音が響いた。続いて余波のようにバリバリという音と空気の震えがその場を圧した。
「すみませんが決着はまた後日でお願いします。……私の倒すべき敵が来たようです」
道脇に立った一本の大きな太い樹の太い枝の上で黒布が風を受け、漣のようにはためいていた。漆黒の布を全身に覆い、頭にまでそれを目深にかぶった怪人――通称「十四番」がそこに立っていた。
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