桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月11日(土) 17:05
文字数:2,147

 エリンは言霊を使って「気」に関して感覚が鋭敏になったおかげで、なんとなくだったが十四番の正体に気づいた。彼女は……リサ・ウ・エルの縁者だと。

 此処へ来る前に一度エルの家を訪れ彼女リサに会って確信した。彼女は既に刻印の一画をカナミに託した後だったが……一言、「あの子をお願いします」とだけ願いを託された。

 再び会えた十四番の持つ気は、やはりリサとそっくり……どころか瓜二つだった。おそらく巫術の適性もまったく違うであろうに、たとえ血縁者であれど、ここまで似るものなのだろうか。

 それにしても、ここまではっきりと気の性質を判別できる自分にも驚く。見えないものに対する感覚があまりに鋭敏だ。おかげで様々なことを風がこれまで以上に教えてくれるようにもなった。アズミを探し出せたのも、文字通り「風の便り」のおかげだった。

 そして今回は自ら十四番のもとへと辿り着いた。まずは素顔を見て確認したかったが、案の定それは断られた。だから、風にお願いしてさっさと切って落としてもらった。最初にあの想い出の場所で邂逅した時から、ずっと彼女の顔を隠し続けていた仮面を。

 現れた素顔は本当にリサと瓜二つ。姉妹なのは明らかだったが、どうもおかしい。いくら姉妹だからといってここまで顔の造形も、気の性質までも瓜二つって……。――そこでやっと気づいた。

「――あぁ、そうか。ただの姉妹じゃなくて、双子ということですか」

 銀髪の少女は怒りと敵意に満ちた恐ろしい形相で睨みつけてきた。どうやら正解らしい。

 ――「あの子をお願いします」。そんなリサの言葉が頭をよぎった。そうか、彼女はこの子を救って欲しかったんだ。この子は何かから救われる必要があるんだ。

 ――でも、ごめんなさい、私はたぶんこれから……。

「あなたは……どうしてこんなことをしているんですか」

「全部ぶっ壊したいからだよ!」

 素顔を露わにした銀髪の少女は大声で怒鳴り吠え、さらに強くエリンを睨みつける。……まだ足りない、もっともっと、あなたのことを教えて。

「どうしてです?」

「ハッ! 全部、全部全部嫌いで嫌いでぶっ壊れて欲しいからだよ! この里も! 家も全部‼」

 その叫ぶような雑言は憤怒ふんぬに満ちていた。しかし、聞けば案外素直に答えてくれるものだ。

(もしかして、本当は誰かとお話したかったのかな……私みたいに……)

 それにしても……壊したい……里……家……家?

「私たちは多分皆、誰もがリサに双子の姉妹がいるなんて知らされていませんでした。たぶん、アルトのお母さんも知らなかった。けれど、あなたはこの歳までちゃんと育てられてきた。でもその姿、声を誰も知らなくて、おかげで正体が判らなかった。――家が嫌いって……この辺りのことですか?」

「黙れぇ‼」

 飛んできた雷球を自身に纏った風が自然に弾く。

「そうだよあのクソったれな家のせいだよ!」

 相変わらずの剣幕で怒鳴り散らすように喚く彼女に、余裕なんてものはなかった。

「天啓で双子は忌み子だからどうとか言って。だからって殺すほどの度胸もなく、結局家の奥深くに閉じ込めやがった、あのクソッタレな家を潰したい。そんな家を大事に大事にしているこの里も全部、全部全部全部気持ち悪い、汚らわしい」

 ここまで息を切らすほどに喚いて、ようやく彼女は一呼吸ついた。

「……だからぶっ壊す。これで分かったか?」

 ――よく分かった。この子は――いや、この子ももっと、ちゃんと他人ひととたくさん話をすべきだったんだ。けれど、彼女には今までその機会がなかったんだ。

「さぁ、分かったか。もうそんな理由なんてどうでもいいだろ。とにかくオレはこの里ごと全部ぶっ壊したい。そしてお前はこの刻印が欲しい。そして、オレはこれを安々と譲る気はこれっぽっちもない。――なら、やることは一つだろ? ここで見逃したら……オレはまた誰かを殺すぞ?」

 リサさん、ごめんなさいね。あなたの半身たるこの少女がいかに辛い境遇で育ち、家を、里を憎み、こんな凶行に至ったか。その一端に触れても尚、自分は……。

「ごめんなさい、私にとってそれは、そこまで大きな問題ではありません」

 十四番は「はぁ?」といった顔をしている。うん、私はそんなできた人間じゃないんだ。最初から最後まで、やっぱりどこか「ズレてる」人間なんだ。

「私が此処に来たのは、正義のためでも仇討ちのためでもありません。ただ……八つ当たりをしにきただけです」

 相変わらず十四番――リサの姉妹は、意味が分からないといった顔をしている。いつの間にか彼女の側に回っていたアズミは、どんなつもりかニヤニヤとしている。

「私が憎いのは、ただ私だけです。大切な人の気持ちを分かったつもりで何も分かっていなかった、愚かしい自分に。ですが、私にはその自分自身に対する鬱憤を晴らす方法が分からないのです。だから私は……すべて自分が悪いというのに、その答えを伝える機会を奪っただけのあなたに、八つ当たりをします。あなたのことを聞けばそんなことできなくなるかもしれないとも思っていましたが、やはり私は自分を抑えきれないようです。――ですから、すみませんが私の八つ当たりに付き合ってもらいます」

 ――風さん、どうか私の我儘にお付き合いください。

 もしこの戦いが終わって二人とも命があれば、今度はしっかりお話しましょうね。

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