「なーんにも納得いかねーしわけわかんねーけど、実際にこんなもんあったら現実として受け入れるしかねーじゃねーか、畜生」
カルナは煙管の先っぽに視線を向け、それ以上の何の動作もなく先に火を点ける。
「姐さん、そんなくだらないことにその力を使わないでください。ただでさえ危険な力なのですから」
呆れ顔でセラが言う。一昨日施され、奪い合えと言われたこの刻印とか言う謎の紋様。争奪戦とか以前に、これそのものがとんでもない代物だった。
あの後、カルナはハルキに小さな火を灯して欲しいと言われ、その場で庭に向かって本当に小さな、蝋燭に灯す程度の火を宙に点けようとしたところ……火柱があがった。カルナ本人が一番驚いた。本当にちゃんと加減をしたはずなのに、と。もし屋内であったなら、天井ごと燃やしてしまうところだった。――この刻印には、宿主の巫術の効力を大幅に強める力があった。それはあまりに危険で、最早凶器ともいえる存在だった。
カルナの持つ能力は対象を急激に熱することと、それによって火を作り出すこと。例えば対象に触れる、指差すなどして作用させる位置を絞り込み、巫力を送って発火させる。いきなり火柱を上げるなんてことはなく、最初は種火とも言えるとても小さな火を点してから、その勢いを増幅させる。
だが、この刻印の力があれば、即座に宙に拳大以上の火球を作り出すことも容易だった。
――あの日、結局あの場にいた十二人全員が刻印を受け取った。
ハルキの口から出た「里が滅ぶ」の意味の説明を受けて、全員が全員、事態を受け止められずにいた。先にカルナの実演で刻印という常識外の存在を目の当たりにしてしまっていたので、馬鹿な法螺話として切って捨てることもできなかった。
そして最初にセラが「姐さんが既に押し付けられたのだから」と刻印を受け取った。これ以上、カルナだけが良くも悪くも特別な存在にされてしまうことをセラは許容できなかった。次に熟考した後、一番皆の信頼の厚いナルザが腹を括って受け取ったため、その後は全員が続いた。
そして現在、この強力で危険な力を包含する刻印を十二人と「あと一人」が持っている。
「なぁ、リサってどんな奴だった? あたし覚えてねーんだけど」
「私よりも綺麗な銀髪で肌の真っ白い小柄な子ですよ。見たことぐらいはあるはずです」
あー……とカルナは一応思い出したようなリアクションをとった。
リサ・ウ・エル。――あの場には居なかったが、既に刻印を受け取っていたという齢十四の少女。彼女は元より体が弱く、床に臥して家に篭もっていることが多かった。むしろ、ほとんど外に出ることがなかった。だからカルナもほとんど会ったことがなく、顔と容姿を思い出すのに時間がかかった。ただ、そもそもカルナは他人への興味関心が薄いので、思い出せただけでも褒めるべきなんじゃないだろうかとも、内心思っていた。
リサは体調の関係でアル家まで赴くことが厳しかったため、予め前日にハルキのほうから訪ねて刻印を施してきたらしい。
「あとさあ、あたしたちが結婚させてもらえなかった理由も分かったけどさー、結局その決め手ってのがやっぱりピンとこないというか、納得できねえというかさー」
この里では男子は齢十五になり次第、女子も大体その前後ほどで婚姻を行い、子を成すことが一般的だ。大体の男子が十五になるより前に正妻となる相手を見出し、十五になり次第婚姻を行い、その後に幾人か側妻を娶るという流れだ。だが、カルナを含むあの場に集められた十二人は全員が未婚だった。十五に満たない者はともかく、齢十八のカルナなんて行き遅れもいいところだった。
――あたしがこれまでみじめな思いをしてきたのが、こんな訳の分からない理由だったなんて。
呪い師とやらが提示した刻印を奪い合う少女の条件は、アルトが産まれた時点での上四つまでの歳の各家の長女、及びその後四年以内に産まれる各家の長女だった。彼の見立てだと、それでちょうど数が揃うとかなんとか。時期に関係なく、次女以降は何故か含まれない。
「やってらんねぇ……」
カルナは別に婚姻できないこと自体が嫌なわけではなかった。結婚自体に対し興味や願望は元より持っていない。ただ、この家から早く出たかった。この食うに困らないだけで、ただただ居心地の悪い家から。
それに普段の言動から粗暴で粗忽な不良娘と呼ばれるのは、自分でやってきた事だから仕方ないとしても、それだから婚姻できないとか、誰も引き取ってくれないとか、こそこそと言われるのは正直なところ腹が立った。――いや、実際引き取り手いねーかもしれねーけど、それ以前に家が婚姻を許してくれねーんだよ、と。
「で、姐さんはどうします?」
「ん、どうするって言われても……」
どうしろって言うんだ、こんな突拍子もない事態の中で。
「先に状況をおさらいしますよ」
頼んでもいないのに、セラは教師のように一昨夜説明された「刻印の争奪方法」のおさらいを始めた。
「まず私たち十三人の手に施されたこの刻印。これは一つ一つは一本の折れ曲がった線で出来ていて、全員に二本――二画ずつ配られました。このうち一画は譲渡することも強奪することも不可。最初に貰い受けた本人の手に残り続ける。そしてもう一画は自分の意思で誰かに譲り渡すことができ、逆に他人から強奪されることもある。刻印を強奪するには刻印持ち同士で何かしらの『手合い』を行い、それに勝利して相手を『屈服』させる。それができれば相手の手に触れただけで奪うことができる。……姐さん聞いてますか」
カルナはふぁーいと気の抜けた返事をする。正直なところ、カルナとしては今はもう何も考えたくなかった。事態が自身の受け止められる許容量をはるかに超えていた。……わけがわからん。
「ここからが大事なんです、本当によく聞いていてください」
「はーい、先生」
「……まぁいいです。刻印の奪取の条件である『手合いに勝利して屈服させる』というところ。問題はここなんです」
「ん、どういうこと?」
ちらりとセラのほうを見ると、いつになく険しい表情をしていた。普段、カルナが他所で問題を起こしてきたときでさえ、こんな表情はしない。
「表現が曖昧過ぎるんです。どうも彼女もそこだけ言葉を濁している節がありました。それに……」
一息ついてからセラは一段と険しい表情で続けた。
「……『手合い』とはつまり『勝負事』です。それは『戦い』とも言い換えることができます。――そう、『戦い』と言い換えたとき、どうなります?」
……ん? 確かに、なんとなくそのほうがピンとくるが、それは……。
「えーっとつまり、手合いとかどうとかややこしいこと言わず、単に喧嘩でもして、本当にそのまんま力尽くでもいけるってことか?」
セラはこくりと頷いた。正直なところ、この時「そのほうが分かりやすくていいや」とカルナは思ったが、続く彼女の言葉で自分の馬鹿さ加減を改めて痛感することとなった。
「そうです。そして今、この刻印で強化された巫術を扱える私たちが、本気でルールも無用にぶつかったらどうなると思います?」
――あぁ、分かってしまった。さすがに察した。それ以上はもう考えたくもない。
「最悪、人が死にます」
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