桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月5日(日) 05:02
文字数:890

 新たに殺されたハレ・ラ・ウェルスの遺体には、またしても刻印が一画も残されていなかった。カナミはそれを早々に、申し訳ないとは思いながらも、また義母の一人(前回とは別の)に出向いてもらって確認した。

 ハレはこの儀式の危険性を怖れ、最も早くにナルザに刻印を譲渡していた。さとい子だ。最年少ながら、その決断と行動の早さは賢明だった。――そのはずだった。

 譲渡できるのは二画持っている場合なら一画のみ。必ずもう一画は手元に残る。そしてその最後の一画を奪う方法はおそらく「持ち主を殺す」こと。サリャに引き続き、ハレの遺体にも刻印が一画も残されていなかった上に、そもそも一画しか持たないハレを襲ったということ自体が、その仮説の信憑性を増した。でなければ、わざわざ襲う理由がない。

 そして今回も凶器はおそらく氷で作った刺突物。心臓のあたりを後ろから一突きに穿たれていたそうだ。ハレを狙ったのは、おそらく一番殺しやすかったからだろう。

 ハレは夕餉ゆうげの頃合いに姿が見えず、家の者が探しまわったところ、深夜になってようやく屋敷から少し離れた場所で、遺体で発見されたらしい。もっと詳しく状況などを調べたかったが、そんな猶予はなかった。

 ――直近の最大の問題は、今日の弔式だ。

 慣例の関係で、この弔式には刻印を貰った全員が――おそらくリサ以外――強制出席する羽目になる。実に一週間ぶりに残った全員の顔が揃う。そしてサリャ、及びハレを殺害した者にはその分の刻印――合わせて八画がその手に刻まれているはずだ。全員、刻印のある手を出させれば誰がやったか一発で判る。

 その状況を犯人はどう回避するのか。一人だけその場から逃げてしまうと、消去法でばれてしまう。何か仕組んでくるとすれば、複数人の印持ちが同時に集まれない状況を作る、もしくはいっそ式自体を台無しにするか。それぐらいしかカナミには想像がつかなかった。

 ――さぁ、どう出る。

 今日の弔式では高確率で事態が大きく動くはずだ。どう転ぶのかは皆目見当もつかないが、ともかく自身の安全を最優先にしなければ。……いかずちの襲撃者の件も気にかかる。

 ――私はこんなところで退場するわけにはいかない。

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