「これで良かったかい?」
アズミに背後から手刀をいれた人物――ナルザはカナミに確認する。
「こんなに簡単に人って気絶させられるんですね」
「あーうん、そう簡単ってわけでもないけどね」
……というか、注文してきたのはお前さんだろうに。
「やれやれ、こんな怪我人引っ張り出して、気配消して背後取って気絶させろとか……無茶言う子だ」
「無茶をさせたのは申し訳ありません。でも、背後をとるのは簡単でしたでしょう?」
「あー、うん、本当にまったく気づかないもんでびっくりしたよ。私はあまり気配を消せるほうではないのに。あれも闇術の仕業かい?」
「いえ、私の特性は相手の心情などを気取る程度で、直接的な干渉はほとんどできません。ですが、少しでも心情が読み取れれば、話術だけでも十分に注意を引き付けることはできます」
やれやれ、まったく末恐ろしい子だよ……。
「まぁいいさ。ところで……気絶させたぐらいでどうにかなるのかい、この刻印」
「たぶんいけると思いますが……。彼女の心は相当掻き乱されていましたし、あとは刻印を使って力任せに闇術で心に干渉できれば……屈服以上の疑似的な敗北状態にできるとは思います」
……いや、やっぱ少しは干渉できるんじゃないか! っと、ナルザは思ったが余計な茶々をいれるのは止めておいた。悪い子じゃないんだが、つくづく敵に回したくないな、この子は……。
「しかし、本当にすごい煽りっぷりだったよ」
「事実を述べていただけですよ」
しれっと言ってのけるカナミにナルザは肩を竦め、両手を広げる。
「まぁ、この子の言い分も分からんでもないさ。だけどそれを理由にこんなこと……馬鹿な子だよ……」
もうちょっと自分に素直になれないものかねぇ、皆さ。
「……いけます」
すーっと吸い取られるようにアズミの手から、彼女の本物の、最後の一画の刻印がカナミの手の甲に流れ込み、さらに伝って袖の下の腕へと吸い取られていった。
「これで八画だっけか?」
「はい」
「しかし……手書きの刻印もどきなんて幼稚な手段に騙されて、あれだけ翻弄されていたなんて……私らも間抜けな話だね」
アズミの手に残った掠れた偽の刻印の跡を見て、ここしばらくの色々な記憶と感情が脳裏で交錯する。あの時、レミが襲撃されて十四人目の存在が確定したとき。刻印の数が合わないことをもうちょっと深く考えるべきだった。そうしていれば、或いは……。
「ナルザさん、後悔に浸るのはご自由ですが、そのお体ですからまずご自宅に戻ってからをお勧めします」
「呼び出したあんたが言うかね」
ナルザは再び苦笑した。セラに刺された傷は上手い具合に急所を避けていてくれていたし、本人が応急処置も施しておいてもくれたので、そう重症ではなかった。……とはいえ、腹に穴が開いたことには違いはないんだが。
「まぁ、そうすることにするよ。それより……あんたはこれからどうするつもりなんだい?」
「あの人の前にエリンを呼び出します」
「彼の前で最後の決闘でもする気かい」
「いえ……あくまで話し合いです。あの子次第ではどうとも言い難いですが」
「そうか」
まぁいい。
「じゃー私は帰るよ。またね」
あとは彼女たちの選択に任せて、大人しく家で報を待つとしよう。彼女たちの、その選択がどんな結果を齎すとしても、それを受け入れよう。
「はい、本当にありがとうございました」
……礼を言うときぐらい、少しはにこりとできないのかい。
ナルザは三度目の苦笑をして家路についた。
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