桃源の乙女たち

星乃 流
星乃 流

公開日時: 2021年9月12日(日) 05:02
文字数:1,406

「これで良かったかい?」

 アズミに背後から手刀をいれた人物――ナルザはカナミに確認する。

「こんなに簡単に人って気絶させられるんですね」

「あーうん、そう簡単ってわけでもないけどね」

 ……というか、注文してきたのはお前さんだろうに。

「やれやれ、こんな怪我人引っ張り出して、気配消して背後取って気絶させろとか……無茶言う子だ」

「無茶をさせたのは申し訳ありません。でも、背後をとるのは簡単でしたでしょう?」

「あー、うん、本当にまったく気づかないもんでびっくりしたよ。私はあまり気配を消せるほうではないのに。あれも闇術の仕業かい?」

「いえ、私の特性は相手の心情などを気取る程度で、直接的な干渉はほとんどできません。ですが、少しでも心情が読み取れれば、話術だけでも十分に注意を引き付けることはできます」

 やれやれ、まったく末恐ろしい子だよ……。

「まぁいいさ。ところで……気絶させたぐらいでどうにかなるのかい、この刻印」

「たぶんいけると思いますが……。彼女の心は相当掻き乱されていましたし、あとは刻印を使って力任せに闇術で心に干渉できれば……屈服以上の疑似的な敗北状態にできるとは思います」

 ……いや、やっぱ少しは干渉できるんじゃないか! っと、ナルザは思ったが余計な茶々をいれるのは止めておいた。悪い子じゃないんだが、つくづく敵に回したくないな、この子は……。

「しかし、本当にすごい煽りっぷりだったよ」

「事実を述べていただけですよ」

 しれっと言ってのけるカナミにナルザは肩を竦め、両手を広げる。

「まぁ、この子の言い分も分からんでもないさ。だけどそれを理由にこんなこと……馬鹿な子だよ……」

 もうちょっと自分に素直になれないものかねぇ、皆さ。

「……いけます」

 すーっと吸い取られるようにアズミの手から、彼女の本物の、最後の一画の刻印がカナミの手の甲に流れ込み、さらに伝って袖の下の腕へと吸い取られていった。

「これで八画だっけか?」

「はい」 

「しかし……手書きの刻印もどきなんて幼稚な手段に騙されて、あれだけ翻弄されていたなんて……私らも間抜けな話だね」

 アズミの手に残った掠れた偽の刻印の跡を見て、ここしばらくの色々な記憶と感情が脳裏で交錯する。あの時、レミが襲撃されて十四人目の存在が確定したとき。刻印の数が合わないことをもうちょっと深く考えるべきだった。そうしていれば、あるいは……。

「ナルザさん、後悔に浸るのはご自由ですが、そのお体ですからまずご自宅に戻ってからをお勧めします」 

「呼び出したあんたが言うかね」

 ナルザは再び苦笑した。セラに刺された傷は上手い具合に急所を避けていてくれていたし、本人が応急処置も施しておいてもくれたので、そう重症ではなかった。……とはいえ、腹に穴が開いたことには違いはないんだが。

「まぁ、そうすることにするよ。それより……あんたはこれからどうするつもりなんだい?」

「あの人の前にエリンを呼び出します」

「彼の前で最後の決闘でもする気かい」

「いえ……あくまで話し合いです。あの子次第ではどうとも言い難いですが」

「そうか」

 まぁいい。

「じゃー私は帰るよ。またね」

 あとは彼女たちの選択に任せて、大人しく家で報を待つとしよう。彼女たちの、その選択がどんな結果をもたらすとしても、それを受け入れよう。

「はい、本当にありがとうございました」

 ……礼を言うときぐらい、少しはにこりとできないのかい。

 ナルザは三度目の苦笑をして家路についた。

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