てんどん

〜転生魔剣士ちゃんの鈍行隠居生活 木こり風森小屋の調理場仕立て お騒がせお嬢さまを添えて〜
白居 漣河
白居 漣河

第八十五話 それはまぎれもなくヤツさ

公開日時: 2021年5月12日(水) 07:45
文字数:2,087

「リンナー」

「何だ」

 に火を起こしていると、後ろからルイザが声をかけてきた。

「見てー、これ」

 そう言ってルイザが差し出してきたのは、何かイネ科の植物のものとおぼしき、細長い並行脈の葉っぱだった。


「……ん? これは……」

 葉から匂い立つ独特な香りに、鼻を近づけてよくよく嗅いでみる。

「これは――もしかして、レモングラスか?」

「だねー」


 レモングラス。その名の通り葉からレモンのような芳香を放つ植物で、東南アジアの辺りではハーブとして料理や薬によく用いられる。これが野生で生えているということは……

「この辺りは、やっぱり東洋の熱帯気候のような環境なのか?」

「熱帯とまではいかない、亜熱帯かな。植生を見る限りでは、東南アジアの北の方の地域で見られるような植物が沢山生えてるねー。他にも、ざっと食べられそうな葉っぱとかを集めてきたよー」

 ルイザの左手には、葉菜類ようさいるいを主とした種々の葉っぱが握られていた。

「亜熱帯……」


「おーい!」

 辺りを見張っていたカティアが、何やら興奮した様子でセシリーの方へ近づいていく。その右手には、何やら縄のようなものがぶら下がっていた。

「見てくれ! こんなのいたぞ!」

「ひっ! 嫌ぁ!!」

 セシリーは甲高い叫び声を上げた。ルイザと顔を見合わせ、そちらへ近づいていってみる。


「ほお」

 首の辺りが、しゃもじのような形に広がった二匹の大きなヘビ――コブラの一種と思われるそのヘビたちは、カティアの一撃でやられたのだろう、いずれも頭から血を流してぐったりしていた。カルナも寄ってきて、興味津々に眺める。

「大きなヘビですわね」

「わ、私ホントにヘビだめなんだってばぁっ……!」

 そう言ってセシリーはカルナの後ろに隠れた。


「これ、魔獣じゃないよな。食えないかな?」

「え゛っ!?」

 あっけらかんとした顔で私にいてくるカティア。カルナは、首がねじ切れんばかりの勢いでカティアの方へ振り向いた。

「食えるだろうな……食うか」

「え゛え゛っ!?」

 今度は、カルナとセシリーが二人そろって私の方へ振り向く。ルイザは、それを眺めてけらけらと笑っていた。



「――ヘビの基本的なさばき方は、魚と似ている。まずは頭を落とし、皮をぐ」

 私はナイフでヘビの首を斬り落とし、腹側に裂け目を入れた。切り落とした首の方から皮を少しめくると、あとは尻尾の方に向けて引っ張るだけで皮はするするとはがれていった。白みの強い、鶏肉のような質感の肉が姿をあらわす。

 首を落とされ、皮を剥がれてもなお、肉はまな板の上をうねうねとのたうち回っている。


「そ、その、リンナさん! これ、毒蛇とかではないのですか!?」

 セシリーが必死な形相で、何とか私の凶行きょうこうを食い止めようとかかる。

「まず間違いなく毒蛇だ。それも多分、人が死ぬくらいめっちゃ強力なヤツ」

「食べちゃダメじゃないですか!」

「いや、問題ない。毒の部分は・・・・・食わなきゃいい・・・・・・・だけの話だ」

「毒の部分……?」

「ヘビっていうのは、基本的に毒腺どくせんといわれる器官に毒をため込んで、牙を通して獲物にそれを注入する。この毒腺は牙の根元にあるから、それさえ落とせば何の問題ない。稀に、牙以外にも肌から別の毒を分泌するヘビもいるけど、その場合も毒腺どくせんがあるのは首より先だから、首を落とせば大丈夫だ」


「……ま、もし万が一毒が回ったとしても一応解毒の魔石はあるから、安心して食え」

「うう……」

 苦悶するセシリーを意に介さず、私はヘビ達の腹から内臓を掻きだした。それを見て、カルナが感嘆の声を上げる。

「こうしてみると、本当に魚をさばくのと似ていますわね」

「ウナギみたいなもんだと思えば、食うのにそんなに抵抗もないだろ。あ、そうだ、カルナ、鍋二つに魔石から水を張って、沸かしといてくれ」

「分かりましたわ!」


 私はヘビの内の一匹の身に塩を振り、適当な木の枝にそれを刺すと、長い胴を枝に巻き付けて焚き火のそばの土に立てて置いた。

「一匹は、直火であぶり焼きにする」

「いいねぇ! 酒が欲しくなるなぁ」

 カティアは舌なめずりをしながら、豪快に笑う。

「カティア、浜辺に子どもの頭くらいの大きさの実がなってる木があったろ。あれを取ってきてくれるか?」

「ん? ああ、いいよ。あれも料理に使うのかい?」

「そうだ」

「任せな」

 そう言って、カティアは右肩を回しながら浜辺の方へと歩いていく。

「それからセシリー、ヘビが焦げないように、魔法で焚き火の火加減を調整してくれ」

「わ、分かりました……」


「リンナさん、お湯が沸きましたわ!」

「よし」

 ぶつ切りにしたもう一匹のヘビを湯に入れ、月桂葉ローリエを一枚加えて茹でる。

「もう一匹はスープにするが、ヘビはそのまま煮込むと臭みが強すぎる。だから、こうしていちど茹でこぼしておく」

「そーしたら、もしかしてこれの出番かな?」

 そう言って、ルイザは先ほど採ってきたレモングラスと葉物はものを差し出した。

「流石だ、その通り。茹でこぼしたら、レモングラスと共に煮込んでいく」


 私は荷物から唐辛子と魚醤ぎょしょうを取りだし、レモングラスと合わせてヘビを茹でていないもう一つの鍋にそれらを投入する。

 さらに、数分ほど茹でこぼしたところでヘビの肉を取り出し、魚醤ぎょしょう汁の中へ入れた。

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