「貴女がツッコミ笑美さんね……」
美しいルックスの女子は明るい髪色をした縦ロールの髪型を華麗にかき上げる。
「凸込です……」
「ああそう」
「ああそうって……」
「ふむ……」
女子は窓の外に目を向ける。
「えっと……」
「なにか?」
女子は再び笑美に視線を戻す。
「入部希望ということですが……」
「ええ」
「なにかの間違いでは?」
「あら? こちらが『ゲボダサ』の部室ではありませんの?」
「『セトワラ』です……」
「ああそれです」
「ああそれって……」
「ちょっと間違えて覚えておりました」
「ちょっとどころやないでしょ」
「そういうこともあるでしょう」
「ないですよ」
「もしもお気を悪くしたのなら……」
「のなら?」
女子は椅子から立ち上がり、両手でスカートを持ち上げて一礼する。
「ごめんあそばせ」
「もしもじゃなくて完全に気を悪くしてますけど……」
「あらら……」
女子が口元を片手で抑える。
「あららって……」
「まあ、それはともかくとして……」
「ともかくって」
「こちらはお笑いサークルなのでしょう?」
「……はい」
「先日の講堂でのおしゃべりを観させて頂きました」
「おしゃべりって……漫才ですね」
「犯罪?」
「漫才です」
「その漫才ですが、大変な盛り上がりでしたわね」
「……恐縮です」
笑美は頭を軽く下げる。
「学院でもそれなりに話題ですわよ」
「それなりかい」
「まずまずのトレンドですわ」
「まずまずかい」
「とにかく……」
「とにかく?」
笑美が首を傾げる。
「このサークルにわたくしも参加させていただこうと思いまして……」
「ほう……」
「いかがかしら?」
「……どうや?」
笑美が司を見る。
「え?」
「え?やあらへんがな。司くんがこのサークルの代表やろ、アンタが判断せえや」
「い、いや、笑美さんが来てから決めようと思いまして……」
「ウチが来てから?」
「ええ、どうですか?」
「どうですかもこうですかもあらへんがな。せっかくの入部希望者……しかも女子を逃す手はないんちゃうの?」
「そ、そうですか……?」
「なんやねん?」
「い、いや、さっき、ウチという者が居りながら!とかなんとか言っていたじゃないですか」
「言うてへんよ」
「ええっ⁉」
司は笑美の言葉に驚く。笑美は苦笑する。
「冗談や。そんなに驚かんでもええやん」
「か、変わり身が早いと思いまして……」
「ちょっと口が滑っただけや」
「……ではよろしいんですね?」
「かまへんよ」
「そうですか、分かりました。えっと……」
司が女子の方に向き直る。
「なにかしら?」
「こちらにご記入をお願いします」
司が机の上に紙を差し出す。それを見た女子が尋ねる。
「これは?」
「入部届です。学年とクラスと氏名を……」
「分かりましたわ……これでよろしいかしら?」
記入を終えた女子は紙を司に渡す。
「はい。えっと1年A組の……」
「厳島優美ですわ」
「! も、もしかして……」
「……隠しても仕方のないことですからね。『厳島グループ』の家の者ですわ」
司が笑美に出来る限り抑えた声で告げる。
「え、笑美さん、こちら、超のつくお嬢様ですよ!」
「大体、察しはついとったけど……」
「お、驚かないんですね……」
「この振る舞いで普通のお家のお嬢さんやったらちょっとイタい子やろ」
「そ、それもそうですね……」
「……お嬢様がなんでまたこのサークルに?」
「興味を持ちまして……」
「へえ……」
「いけませんか?」
「いいえ……」
笑美が手を左右に振る。優美が問う。
「では、入部させていただけるのですね?」
「……司くん」
笑美が司に視線をやる。
「は、はい」
「ええんやろ?」
「も、もちろんです」
「だそうです」
笑美の言葉に優美が笑顔で頷く。
「良かった。それではよろしく……」
「お待ち下さい、優美お嬢様……」
「!」
低く鋭い声が響く。笑美たちが視線を向けると執事服を着た端正な顔立ちの男性が教室の入口に立っていた。笑美が首を捻る。
「誰や?」
男性がスタスタと歩み寄ってきて名乗る。
「……1年A組の小豆忠厚と申します。優美お嬢様の執事を務めております」
「し、執事?」
「ええ……」
小豆と名乗った男性が頷く。司が小声で呟く。
「執事さんをこんな近くで見るなんて初めてだ……」
「遠目ではあんのかい」
「いや、ないですけど」
「どないやねん」
笑美が突っ込みを入れる。小豆が優美に向かって告げる。
「優美お嬢様、どうかお考え直し下さい」
「……どういうことかしら?」
「私は優美お嬢様を様々な意味でお守りするよう仰せつかっております」
「様々な意味?」
「はい。このようなサークル活動にうつつを抜かし、学業などが疎かになってしまっては大事です。優美お嬢様は未来の厳島グループをお支えする大切な存在なのですから」
「わたくしは自身の見聞を広めたいのです」
「だからと言ってこんな色物サークルでなくてもよろしいでしょう」
「‼」
「わたくしには自由がないの?」
「そうは申しておりません」
「わたくしは漫才というものをしてみたいのです」
「なにを馬鹿な……」
「おい、羊さん」
「! ……執事です」
小豆が笑美の方に振り返る。
「どっちでもええわ」
「……口が滑りました。気に障ったのなら申し訳ありません」
「いや、ええわ。漫才ってのは色物の一種やからな……それより」
「?」
「アンタとお嬢様とウチでトリオ漫才をしようや。お嬢様に新たな世界を見せてやんで」
「⁉」
笑美の言葉に小豆と優美が驚く。
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