意識が戻る。
蟻巣は長男の兄の車に乗せられていた。
「寝てたのか?」
その声は、と目を見開き、声の主を見た。
死んだ次男だ。本当であれば自殺していてこの世にいない。
ここが夢であるという証明だ。
死んでしまった理由も分からず、唐突にある朝いなくなった兄が目の前に現れたのだ。
動揺しないはずがない。
「なんだその反応。そろそろ着くぞ」
どうやら家族で旅行に来ているとのこと。
夢だけあって、全く脈絡がない。
森の中を走り抜けると、大きな旅館があった。
蟻巣の家族が予約していたためか、はたまた山奥でお客がいないためか、旅館の前でお辞儀をしている仲居さんがいた。
長男の兄が車を停める。だだっ広い駐車場にポツンと車が一つ。
「ようこそおいでくださいました。さ、こちらへ」
蟻巣は独特の雰囲気を味わいながら旅館に入った。
こういった場所に来るのが初めてだからだ。
家族旅行など、行ったことは無い。
旅館は質素な外観に合わせているのか内装も――
いや、認識ができない。
奇妙だが、旅館に入ったことの無い蟻巣の夢の中だ。解像度が低いのも無理はない。
気が付けば蟻巣はお風呂に入っていた。
寝不足の頭に染みるお湯。外の景色が見えるようになっており、山の下の町が一望できる。
景色の賑やかしか、解像度が低いためか、猿の看板や狸、狐の看板がいたるところに置いてある。
蟻巣が目をこらして看板を見ると、辛うじてそれは本物の動物のように動いた。
それに合わせ木々が揺れ、草が揺れ、風が吹き、生きていることを実感した。
風呂から上がり、着替えてから家族のいる部屋へと向かう。
まるでグネグネと曲がる廊下を進み、直感的、当然のように一つのふすまを開けた。
家族が談笑しながらテレビ、ネットニュースを見ている。
全くちぐはぐだ。と、蟻巣は思った。
次男の兄は死んで、母も難病で歩けない身体だ。
そしてそれを当然のように受け入れている、夢特有の気色悪さ。
でもこのまま続けば、不自由の無い、普通の家庭で過ごせるのかもしれない。
「来たぞ!」
突然目の前が光に覆われた。あの光だ。
蟻巣が光から目を逸らし、外を見ると、怪獣が出現していた。
何故か真っ直ぐにこちらに向かってきている。
「逃げるんだ!」
父と兄の声を聞いた。
蟻巣はそれに従い家族と旅館を出ることにした。
しかし、逃げられない。
旅館の駐車場から出る道に倒木があった。
怪獣が迫ってきている。
「今こそロボットを出してくれ!この怪獣も君の手で倒すんだ!手を伸ばせ!」
光に言われるままに、蟻巣はあのロボットをイメージした。
どこからか、いつからか、気が付けばあのロボットはそこにいた。
変わらぬ鉄仮面にマント、怪獣と対峙するように現れたロボットは、あたかも怪獣を睨みつけるように立っていた。
光に手を伸ばしロボットに乗ると、蟻巣は少し嫌な気分になった。
前回戦った後の、あのグチャグチャな気分になってしまうのではないか。
その躊躇いの隙をついて怪獣は距離を詰めてきた。
すると怪獣は目の前で立ち止まり大きく身体を広げた。まるで万歳するかのように。
躊躇っている暇は無い。蟻巣は後ろにステップを踏むと、盾と棒を取り出した。
盾はどうやら回転できる仕組みらしい。いや回転させられなければ自分のロボットではない。
盾に棒を指し、それを回転させて怪獣に押しつけた。
その技の特性か、蟻巣が願ったのか、怪獣の性質か。棒は怪獣に突き刺さった後に爆発を起こし、怪獣を散り散りにさせた。
その爆風は周囲数kmに広がった。
当然、旅館も残っていない。
「……」
蟻巣は泣くことも忘れ、ただ気色悪さで酔っていた。
夢だ。ここで起こっている全ては夢で、現実世界のこととは一切関わりが無い。
その考えがよぎると同時に――
――じゃあ、ロボットで現実世界に干渉するって話は?
とんだ法螺話だ。嘘だ。できるわけがない。非科学的。この夢から覚めれば、また別の怪獣が待っていて、そうして終わりの無い戦いをした後に。
人間として、死ぬ。
「目を覚ませ!君がいなくなったら、誰が現実の怪獣を倒すんだ!この俺の……正体を明かせば信じてくれるか?」
正体などどうでも良い。本当かどうかも分からない話に付き合いきれない。
蟻巣がその態度を取ると、光は勝手に自己紹介を始めた。
「俺は怪獣を追って地球に来た、とある恒星生まれの光だ。君たちと同じように質量を持つこともあれば、このように持たないこともある。よろしくな。あ、そうだこのロボットは名前どうする?」
自分自身のものであると証明できれば何でも良い。
どうだって良い。
「自分のものだと思えればなんでも良さそうだ。”最初”に立ち上がった”私の”ロボットということで『A Mine』と名付けよう」
恐らく自分はその名前で呼ぶことは無いだろうなと、蟻巣は感じた。
そして意識はまた、落ちていった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!