燃える自宅。殺される家族。それを笑う者たち。謎の怪獣。謎のロボット。
一体、いつまでこんな光景を見ていればいいのだろう。
蟻巣は、よく分からない気持ちを抱きながら、ここが夢の世界であることを理解しつつあった。
実際自分の家は存在しているはずだし、家族もいるし、他人に笑われる人生では……あるかもしれないが、これはあまりにも突飛なものばかりだ。
夢が終わると一瞬だけ目が覚めたような感覚になるが、また夢に引き戻される。
その繰り返しの果てに、手に握っていたものは大量の薬だった。何の薬かも分からない。
しかしそれを飲めば楽になれる気がする。
いっそのこと飲んでしまおうか――
「やめろ!」
蟻巣は急な呼びかけに驚き、後ろを振り向いた。
光だった。それは本当にただの光で、スマートフォンのライト機能をONにした時に発せられるようなものを直視してしまい、咄嗟に目を覆った。
「頼む。君が次の希望だ。ロボットを出してほしい」
それは今まで見た夢のように、繰り返される当然なもの、ではなかった。
暖かく、温かい。光に触れようとすると空を切ってしまう。
「頼む」
呆けていた蟻巣はハッとし、反論しようとする。
しかしそこで気付いた。
蟻巣の見ていたロボット。夢が繰り返されるなら、いずれそれは出現する。
元々向いていた方向へ振り返る。
燃える自宅。殺される家族。それを笑う者たち。謎の怪獣。そして――
「それだ!助かった!」
蟻巣はそこで、初めてロボットを見た。
一本角が後頭部に生え、鉄仮面を被った見た目、上半身はマントに隠れ、下半身はごつごつとしていないスラッとした見た目。マントは扇状に広がっており、何かの武装を隠しているようだ。
「さあ手を伸ばせ!あれに乗って怪獣を倒すぞ!」
蟻巣は全く突飛な夢だと思った。ロボットに乗るなど、到底できないだろう。
これまでに様々なことに挑戦し、挫折した。器用貧乏なのだ。きっと誰かより駄目だと、常日頃から考えていた。
そう。自分が死んでも代わりはいるのだ。
自分がいなくても世界は移り変わる。いずれ強者が弱者を食べ、更に強者が現れ……自分とはその最中に生まれた、淘汰される弱者なのだ。
「だが、今は俺がいる。踏み出してほしい!その足で立てるのは自分だけだ!」
手をグイと引き寄せられた。そのとき、確かに手を引っ張られた感触を感じた。
今まで、ただ見せられる映像を処理していただけの目が、久しぶりに感覚を取り戻した。
蟻巣は血の巡りを確かに感じた。
ロボットの中は存外、殺風景だった。
レバーが無い。スイッチも無い。コードも、ランプも。
ただ座席があるだけだ。
「ここに座って、戦い方をイメージしてくれればそれでいい」
座る。すると外の景色が見えるようになった。
町は燃え、その中心に怪獣がいる。
しかし、現実で見た怪獣と異なっている。蟻巣は質問した。
「それは、ここが君の夢の世界だからだ。誰もが心に怪獣を飼っている。その怪獣を強制的に暴れさせ、人々の負のエネルギーを栄養としている怪獣が、現実世界の怪獣だ。現実の怪獣を倒すために夢の世界から飛び出すには、怪獣を一匹ずつ倒し、負のエネルギーを発生させない状態になることが目標になる。すると勘付いた現実世界の怪獣が介入してくるはずだ」
怪獣と対峙する。
怪獣は火を吐きながら蟻巣のロボットに近づいてくる。
蟻巣は焦りながらも、昔見たロボット漫画の殴るシーンをイメージした。
ごく単純だ。イメージ通りに動いた。右手で怪獣の左頬を殴る。
怪獣はよろけながら火を吐く。ロボットのマントが燃え始めた。
「焦るな。これは君のロボットなんだ。君が思うことは何でもできる。……例えばほら」
マントが燃えると武装が露わになった。
胸には六角形の刻印。背中には3方向に伸びた棒や、六角形の盾のようなものがついている。
「これが武装さ。思う通りに動かしてごらん」
盾を構え、棒を構える。
ジリジリと間合いを詰め、棒を怪獣に突き刺す。
盾で無理矢理押さえつける。
怪獣がギャアと鳴くが構わない。
刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる刺す押さえる。
無我夢中で、蟻巣が気が付くと多くの血液が装甲に付いていた。
怪獣は息も絶え絶えになりながら、最後の悪足搔きにと火を吐いている。
対する蟻巣は、脳内が搔き回されるような感覚に襲われていた。
ロボットを動かすイメージを夢の中で行う。疲れるし、寝不足感のある脳で考えているという要素も加われば、辛さが伝わるだろうか。
蟻巣はその思いで光を見た。
「やったな!その調子で次回も頼むぞ!」
伝わるわけもないか。蟻巣はがっかりしながら朽ちていく怪獣を見る。
これは自分の夢に巣くう怪獣。このロボットを使って自分自身を救わなくては。
そうして怪獣が息を引き取ったのを確認すると、蟻巣の意識は途切れた。
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