柏木莉沙…昼街に住む謎の美少女。17才。
自分が育った東の京もビルが建ち並んでいたがあちらが機能性重視でカラーが統一なのに対し、こちらはビルの一つひとつがポップでカラフルだ。
シャングリラ・タワーときたらもうこれはビルというよりも建物ごと芸術品というか。
東の京で父は科学者、母は教師という環境で育ち父が「中桜区は好かん」という理由からこの区に足を踏み入れたことのない私はもう完璧なおのぼりさんだろう、まあこの中桜区は場所がら街中に監視カメラが張り巡らせてあるから、犯罪発生率も街のはっちゃけぶりに対して低いのであるが。
因みに私は純粋に進学の下見に来たわけでなく、好きなアイドルのライブイベント目当てだったりする。
同じ趣味の友達がいれば一緒に来たのだが、わざわざここまで来る熱意のある友達はいなかったので一人参戦だ。
もちろん親には言ってないが進学先見学にはこの後行くので問題ない。
「えーと、ライブイベントの会場は、っと!」
端末画面を開いて操作しようとした途端、道行く人に押されてつんのめる。
なんとか踏みとどまったものの、ぶつかった相手は立ち止まりもせずに行ってしまう。
その後ろ姿を恨みがましく見ながら再度画面操作しようとすると、
「こんなとこで操作していると危ないわよ」
と背後から声を掛けてきた女性がいた。
「ライブ会場ならこっちのエレベーターの方が近いわよ」
先程声を掛けてくれた女性__女の子と言った方が良いかもしれない__は十七〜八歳くらいの髪の長い女の子で、ついでに足も長い親切な女の子だった。
私が先程端末画面を呼び出そうとしていた場所は待ち合わせスポットでもあるから立ち止まって操作していても良いのだが、ああしてわざとぶつかって取り落とした荷物を持ち去る引ったくりが多いのだそうだ。
マップを操作して行き先を探しているということはこの辺りの土地勘がないということだから狙われやすいのだとか。
「まあ、さっきの奴は単にぶつかっただけみたいだけど」
自分はこの辺りに詳しいので良ければ案内すると申し出てくれたのだ。
本人の言う通り先を立って歩く姿に迷いはなく、ちょっとパンキッシュなデザインのシャツブラウスにミニスカートという出で立ちが何とも似合う。
ミニスカートから覗く脚はすらりとしていて腰まである黒髪をポニーテールにしている姿はアイドルというよりどこかのロックバンドのボーカルっぽい。
「へぇ、東から初めて来たんだ」
道すがら何とは無しに会話しながら初めて来たという話をすると、純粋に驚かれた。
「初めてなのに一人で来るなんて凄いね、そんなにファンなんだ?」
「う……ん、まぁ、」
そう濁しながらも実はかなりハマってるのだが。
「別に隠さなくてもここじゃ誰も馬鹿にしたりしないって、昼街の住人なんてハマったらイベント全日程制覇って猛者もいるし」
「そ、そうなの……?!」
昼街にも住人はいる。
二十四時間眠らない街なので余程防音設備に優れているか、喧騒の届かない高所(このタワーの上階とか)に住むでもしない限り、遊びに来るならともかく住むには向かないというのが一般的認識だが、それでも“敢えて住みたい”という人はいる。
そういった危篤な人種は金持ちが多いためかはたまた殆ど遊びに特化した街だからか、昼街は家賃が高い。
元々居住用の建物自体が少ないせいもあるが、夜街か朝街に本宅を持ち、昼街にセカンドハウスを持つのがステイタス化してる一面もある。
「まあ、お金に余裕があるのは確かかも だけど、同じ趣味の仲間同士で共同で部屋借りたりね?最低限の設備と狭さならリーズナブルなとこもなくはないし」
なるほど、仲間がいたらそういうことも可能なのか。
それで言ったらこのタワーの吹き抜けにぐるりと巣穴のように作られた部屋からならライブ会場も見えたり何なら声も防音解除すれば聞こえたりするのだがここは最高級アパルトマン扱いだ。
一番狭く景観の悪い部屋でも家賃は通常の数倍、しかも入居審査が厳しくそれなりの地位やコネのある人でないと許可されないとか……まぁ危ない人が入居したらそれこそここに来るお客さんが危ないから当たり前っちゃ当たり前だけど。
結果、殆どが上層階に入ってる会社のセカンドオフィスとかVIPの接待用に使われているのが内情らしい。
確かに常時人の出入りしてるビル内って落ち着かなそう。
そんなことをつらつら考えてるうちに目的地に着いたらしい。
「はい、ここがイベントホール」
「あ、ありがとう!助かりました!」
「どういたしまして。__ところで、帰り道は大丈夫?」
「あっ……」
しまった、考えながらただ着いてきたから全然記憶してない。
けど、
「だ、大丈夫です!帰りは端末にガイドしてもらって帰るので!」
「イベント終わりってこの辺り人でごった返すけど大丈夫?」
「………」
そうだった。
このイベントホールの定員は二千人、終了時には凄い混雑だって事前情報で知ってたのに……!
さらには吹き抜けの各階から見てる人もいてその人達も一斉に動くから付近のエレベーターもエスカレーターもいっぱいになる。
「迎えに来てあげよっか?私ん家、ここから近いし」
「え……」渡りに船だが、どうしてそこまでしてくれるのだろうか。
「知り合ったのも何かの縁だしね、私は莉沙、柏木莉沙。貴女は?」
「麻衣ーー高倉麻衣です」
当初のタイトルは「朝の街 昼の街 夜の街」でした。夜働く人って最前線な職種も多いのになんで静かに眠る権利が補償されないんだろうって常々疑問なんですよね。
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