亡霊は指を指し、霧の奥へと進む勇気はあるか?と聞いていた。
その問いに答えることはできなかった。
何が待ち受けているのかもわからない。
どこに続いているのかもわからない。
そんな感情のそばに、とめどなく流れる懐かしい記憶があった。
そうだ。
昔父と一緒に、町の河川敷でキャッチボールをした。
俺が子供の頃のことだ。
赤茶けた夕日が川橋の向こうに染め上がって、ゆっくりと流れるいわし雲が、なだらかな地平の上を泳いでいた。
父の顔がぼやけて、いつも思い出せない。
開戦後、警察官だった父が海軍志願兵として出征してからは、母の実家の郡山町(現鹿児島市)に移り住んだ。
父は帰ってこなかった。
父親のいる家庭がうらやましく、誰もいない部屋に向かって「お父さん、お父さん」と呼びかけたこともあった。
誰かに会えなくなることが怖かった。
明日が来なくなることが怖かった。
絶え間なく揺れる防空壕の中で、いつか世界が壊れてしまうんじゃないのかと思った。
土の焦げるような強烈な臭いが、爆撃機の飛ぶ夜の淵にあった。
父がいつか帰ってくるかもしれない。
そんな淡い期待が、家族の中にはあった。
俺もそうだった。
世界のどこかで、まだ生きているんじゃないか?
飛行機が壊れて、帰ってこれなくなっているだけなんじゃないか?
だから時々夢に見ていた。
夕日に照らされて、顔が見えなくなっている父を。
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