一体いつからだろうか?
何かに期待して、夢中で空に手を伸ばすようになったのは?
枕元の防空ずきん。
電球の傘に覆われた風呂敷。
畑で育てた芋を入れた「からいもご飯」。
仏壇近くの床の間に置いた、——壊れかけのラジオ。
霧の向こうに行けば、父に会えるのか?
亡霊は答えなかった。
「誰」かに会えるのは、明日の世界のように決まっていない。
ただ、信じることだけが、確かな時間を連れてきてくれる。
——そう言うだけだった。
足を一歩前に踏み出した時、ぶ厚い霧の層が水面を揺り動かしたように震えた。
視界はどんどん悪くなっていった。
頬に触れる空気も、足の底に触れる地面の感触も、少しずつ冷たく、遠くなっていく。
自分が今どこにいるのかも、どこに向かって歩いているのかもわからない。
それなのに少しも迷いがなくて、自然と前に進んでいける自分がいた。
誰かに引っ張っられてるような感じだった。
サーッと、下り坂を走る。
そんな感覚が、ひたすらに“近く”。
涼しい向かい風がサッと吹いて、白く覆われた世界が晴れたのは、しばらく経ってからのことだった。
コトコトとやかんが揺れる音がして、「拓海、ご飯よー!」と、近くで呼んでいる声がする。
見たこともない部屋と、得体の知れない白い物体。
呆気に取られながら、カーテンを開いた。
そこには、鮮やかな世界の色と、背の高い建物が見えた。
朝露に煌めく街の景色が、そこにはあった。
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